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2018.09.29

【受贈】『陰謀の日本中世史』

呉座勇一『陰謀の日本中世史』(角川新書196、KADOKAWA、2018年)受贈。ありがとうございます。

今更小評を加える必要がないでしょうね(笑)。発売当初から話題となり、二冊続けてのベストセラー。「俗説一蹴」という言葉がやや刺戟的ですが、十分な自信に基づいた内容といえるもので、読み応えのある内容となっています。

日本中世において「陰謀」説がしばしばささやかれるいくつかの有名な事件を取り上げ、その顛末にまつわる諸説を紹介しながら、それらの多くを批判的に検討するというスタイルです。「陰謀」説といえば定番の本能寺の変をはじめ、源平合戦についても詳しく取り上げていますが、単に「俗説」とすべき内容の批判のみならず、研究者の間で論争になっている事柄についても言及している点が特徴的です。

本能寺の変については、著者は繰り返し様々な「陰謀」説を批判していますが、そこは長年の蓄積というか、要するに売れるので(笑)、なかなか払拭できませんね。最近ではまたぞろ「イエズス会陰謀説」が息を吹き返そうとしているようですが、需要が有る限り消えることはないのでしょうね(…などと諦めてはいけないかもしれませんが)。

陰謀説については、いくつかのパターンに類型化しており、一々納得のできるもので勉強になりました。いずれにせよ、一時的なブームに乗ったものではなく、しっかりした筆力で丁寧に解説した内容となっているので、大学生といった若い世代を中心に広く読まれることを望みます。まあ、それはもう達成しているかもしれませんが。

陰謀の日本中世史 (角川新書)
呉座 勇一
KADOKAWA (2018-03-09)
売り上げランキング: 3,790

2018.09.21

【受贈】『鎌倉府の支配と権力』

植田真平『鎌倉府の支配と権力』(校倉書房、2018年)受贈。ありがとうございます。
本書は博論をもとに出版したもので、表題の通り、14~15世紀において東国で政権を築いた鎌倉府の経緯について詳細に検討しながら、その構造や特質について分析するものです。

当該研究は戦前以来注目されてきたわけですが、対象とする時代の歴史的位置づけや権力像というのはやはりそれぞれの時代の研究者によって評価が変わってくるものです。ですから、同じ史料の分析であっても、時代によってその評価が変わることは往々にしてあります(歴史学としては常識ですが)。そういうわけで、本書を読み通せば、現時点での日本中世における「東国政権」がどのような権力体として評価されているかについて、深く理解する一助となるでしょう。

本書は二部構成になっていて、著者の意図と一致しているかは心許ないですが、以下のようにそれぞれの位置づけを理解しました。
第一部は、観応の擾乱の時期から通史的に鎌倉府の歴史を掘り起こしつつ、その経緯を見ることによって鎌倉府が権力体としてどのように形成されたか、そしてどのように変容したか、またそれぞれの時期における鎌倉府の特質がどんなものか、という諸点を浮き彫りにしようとしています。
第二部は、時間軸でみる第一部とは異なり、鎌倉府という組織体の内部構造について、そこに集う人々の役割、あるいは人選や、行使する権力の具体像(何ができて何ができないのか、など)、また支配の客体たる地域社会との関係などが議論されます。

いずれも政治史の王道といった視点ですが、先にも触れた通り、(素朴な実証主義に固執しない限りにおいては)研究者個々の置かれた時代に応じて権力に対する評価は変わるわけなので、本書を評価する対象とすべきなは、問題設定の独創性そのものではなく、著者の示す権力像の妥当性にあるでしょう。

私は直接専門とはしないので深掘りして墓穴となるのを怖れますが(笑)、一つ論点を挙げるならば、中世史では現在においても重要な視点とされる、「地域社会」というキーワードでしょうか。権力論というと一握りの為政者の動向を注視することは避けられないわけですが(それが悪いとは言わない)、その支配の対象となる社会の動向をどのように捉えるのかについては、論者のそれに対する興味の大きさが言及の度合いに大きく左右してきます。
本書での著者の態度は、比較的興味は大きいものと位置づけられると思います。もっとも、地域社会は権力に対してあくまで受け身的とみるか、逆に権力に対する強い意志で臨んだとみるのか。これらの問題関心は戦後の中世史の根幹となる議論ではあるのも確かです。しかし、繰り返しになりますが、現在における評価はかつてと同じとは限りません。そこを探り当てることは、本書を読む上での愉しみの一つなのかもしれません。それについては、是非直接御覧になっていただきたく…。

ごく直近では、中世関東の政治史関連は研究が非常に活発で、著作も大量に出版されておりなかなか追跡が難しい状況なのですが、著者はその中心の一人でもあり、そのなかで本書以後はどのように論を展開していくのか期待しましょう。

4751747908鎌倉府の支配と権力 (歴史科学叢書)
植田 真平
校倉書房 2018-03-01

by G-Tools

2018.09.02

下総国分寺・国分尼寺跡

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国府台から数十分ほど歩くと、下総国分寺・国分尼寺跡があります。国府台と同じく現江戸川左岸の台地上に位置していて、洪水が頻発する低地を避けた様子が窺えます。

こちらは国分寺。現在は住宅地の中にあって、公園ような場所にもなっていそうです。

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今も国分寺があります。奈良時代からずっとあったかどうかはわかりませんが…。

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こちらは国分尼寺跡。こちらには、現在はお寺はありません。

■千葉県市川市

2018.08.24

国府台城跡

Konodai_1久しぶりの史跡ネタ。江戸川沿いにある国府台(こうのだい)城跡。かなり前に行ったので詳しい様子は忘れましたが、写真を紹介します。

はじめは15世紀半ばの享徳の乱の折に、千葉氏の内紛に際して宗家の千葉実胤・自胤が拠ったとされていますが、あえなく落城(宗家は武蔵に逃れて武蔵千葉氏と言われます)。
その後しばらくは拠点としての機能を失っていたようですが、文明10年(1478)に千葉自胤を助けた太田道灌が下総国奪還を目指して進軍した際に、陣を築いて再興させたと言われています。その翌年には太田道灌の弟の資忠らが城郭として整備したともされています。

16世紀になると度々争奪戦となり、二度の大きな合戦に巻き込まれたことで知られています。最初(第一次国府台合戦)は、天文7年(1538)に、古河公方足利高基の後ろ盾となった北条氏綱を主力とする勢力と、下総国の真里谷武田氏や安房国の里見氏らの助力を得た小弓公方足利義明の勢力とが激突。小弓方がこの国府台に拠りましたが、結果は敗北。足利義明は戦死しました。これが北条氏の飛躍の一つのきっかけにもなります。国府台も北条氏の影響のもとで千葉氏(庶流家)被官だった小金城主高城氏が支配しています。

第二次合戦は、永禄6年(1563)から翌年にかけて、房総半島で勢力を拡大した里見義弘が攻略。対する北条方は反撃し、大規模な合戦となりました。戦争の経緯については議論があり、私も詳しくないので言及するのは控えますが(笑)、結果的には北条方が優勢のうちに終結し、上総国の一部にまで進出を果たしました。(その後里見氏とは和睦)

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現在の江戸川左岸(東側)に位置し、河口の先にある江戸とともに、上流域の古河などの北関東方面にも通じる、要衝といえる場所でした。戦国期にあっては、江戸湾の東部沿岸部を抑えるための重要な拠点になったと思われます。

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今は里見公園と呼ばれる公園になっていて、どれが遺構なのかは、門外漢だとよくわかりません。それでも、城らしい雰囲気のするような場所があります。

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■千葉県市川市

2018.08.20

【受贈】『戦国期の村落と領主権力』

銭静怡『戦国期の村落と領主権力』(吉川弘文館、2018年)受贈。ありがとうございます。

所属ゼミの後輩による論文集で、一書に研鑽した間柄として慶賀の至りです。基礎的な歴史的事実、史料読解、研究史をほぼ一から修得しなければならなかったことがあとがきにも記されていて、感慨深いところです。もっとも私は大して役には立っていませんが…。

さて、本書は後北条氏の小代官の位置づけをメインとする論考と、近江国菅浦において領主支配が浸透する戦国期の具体像について、それぞれ分析したものとなっています。

前者は、小代官は村落内における有力者(土豪)を出自とする者が多く、大名被官である代官とは異なる階層を基本としていたとします。もっとも、土豪には直接領主と被官関係を結ぶ者もおり、そのあり方は多様であったともいいます(このような「土豪」を「国人領主」と表現しているのは妥当なのか気になるところですが)。

一方後者は、菅浦は15世紀半ば頃を対象とした村落自治について常に注目されてきたものの、その後に徐々に武家領主が支配者として浸透する過程についてはあまり検討が深められていないとして、その様相を具体的に明らかにしようとしています。特に16世紀前半に浅井氏の支配が入ってくる過程においては、領主と村民との貸借関係(主には年貢未進分の転換)を媒介として領主権力が徐々に浸透していくものと捉えています。この点はもちろん研究史においても議論されたテーマで、それが地主的支配なのか、領主的支配なのかという議論もあったところです。本書では後者の立場を支持したものと理解できるでしょうか。

本書では、中世の自治的村落がそのまま近世の村請制へ繋がるという考え方とは少し距離を置いた論調になっており、本書の成果について今後議論が活発化することを期待しています。最近では中世史の側で中間層をテーマにした議論はやや落ち着いた感はしますが、重要なテーマであることは確かなので、起爆剤になるといいですね。

著者は今後どのような研究へと進んでいくのかはわかりませんが、研究そのもののみならず、文字通り国境をまたいだ研究の振興の面での活躍も期待しています。(私も微力ながら何かできればいいのですが。)

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