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2005年6月

2005.06.27

ぶんぶぶんぶ

暑い…。まだ6月というのに。夏が一ヶ月伸びてしまうのは困るんだが。
そして都議選がうるさい。21世紀ももう20分の1が過ぎたというのに、どうして選挙活動はいつまでも変わらないのかねぇ? 政党と名前を連呼するだけなら来なくていいよ。鬱陶しいから。
そもそも、選挙公報を読んで政見放送を見て選ぶのが主流なら、候補者側もカネ使ってわざわざそんなことするわけないのだが、そんなことして熟考する有権者が少ないってことなんでしょうねぇ。とにかく名前だけ連呼して、手袋した手で握手して回る方が効果があるってのは、有権者としてもちったぁ反省する必要があると思うんですが。
ま、どうせ投票率40%行くかどうかですが。日本人は半分以上がマゾヒストだからなぁ。だいたい「愛国心」を教育で説くというなら、民主主義国家の一員として政治に参加する義務があることを叩き込むべきである。もっとも権力者にとっては、民に知恵が付くのが一番困ることだけど(笑)。

話は変わって交流戦の話。感想は市井で流れているのと大して変わらないので今更書かないけど、交流戦を開催したことそのものがそれなりに注目されたのは良かったのではないかと。もっとも来年も同じようにやってれば同じような反響を生むだろうと考えるのはあまりに楽観的なので、競争原理を損なわない程度で何か新しい演出を考えた方が良いのではないでしょうか。具体案は浮かばないけど(笑)。

2005.06.24

古本屋巡りあれこれ

嵐山光三郎『古本買い十八番勝負』(新書295、集英社、2005年)読了。都内各地の古本屋をお仲間さんと回り、掘り出し本を探しまくるというような内容。著者本人もお仲間さんも編集関係のプロのようで、そこら辺の専門的素養を発揮していることがわかる。著者は私が今住んでいる地域が地元なので、そのよしみも少しありで(私がこんな事を言うのもおこがましいが)。

機会こそ減ったものの、私も劣らず古本屋巡りが好きで、そもそもはそのためにこの本を手に取ったのではあるが、「専門バカ」な私とは古本の見定め方のみならず、古本屋へ行く目的そのものも随分違うなぁと率直に感じた。
私は元々目的の本がいくつかあって、それを探しに行く事が多いので、「掘り出し物」を探し当てようとする意識はあまり無い。もっとも文学方面への素養もないし、「目利き」がゼロに近いので、どれが掘り出し物かを見抜くことが出来ないためでもあるのだが。

ところでこの本、「十八番」とあるように18の短編からなるのだが、どこかで長期連載していたのでしょうか? 最初と最後で文面が随分違うのを感じた。初っぱなは随分作家チックな貌を覗かせていて、わりと凝った言葉を使っているのだが、後へ行くほどそういうのは減ってきて、平易な文章に変わっている。あと、購入本の解説も段々減っていく傾向にあるように思えた。とはいっても、ほんと博識な人だなぁと感心させられた。そこまでにならないと、文筆業として大成しないんだろうけど。

2005.06.21

研究報告の目的と技術

先週末は卒論報告を3本。研究会で報告できるに足るレベルにある、前途洋々の方々によるものであり、出来映えには感心することしきり。こう言うときはいつも、忘却してしまいたい私の悲惨な卒論が頭をよぎるのはたまらない。
ただまぁ、以下ほとんど自戒なのだが、ちょっと気になる点もある。

史料を博捜して実証的に論を組み立てるという、基本的な論証技術ではかなり完成されているのだが、それを明らかにする事で何を論じようとしているのか、という点がおしなべて弱い。有り体に言えば、バックボーンに理論的要素があまり見いだせない傾向が強いのは少々気がかりではある。いくつかの事実を明らかにすることによって、どのような歴史像を提示しようとするのか、それが歴史学にとってどのような意義を持つのか。むろんここまで来れば博論だろという事にもなるんだろうけど(笑)、今後、大学院ではそのような方面での研鑽を期待したいところ。
あともう一つは、いかにも報告時間が長い。主催側は一人1時間を設定していたそうだが、3本もあるとなれば、30~40分くらいが妥当ではなかろうか。一人1時間、もしくはそれ以上では、正直言って聞いている側は集中力が持たない。言いたいことをなるべく多く言いたいというのは人情ではあるが、限られた報告時間の中でどれだけ多くの事が言えるかを工夫する事も必要ではないかと。

とはいうものの、一線で活躍されている研究者の方にも、しばしばひどいレジュメを作ってくる人がいたりする。「これ読めば口頭報告要らないよね」ってなレジュメもあったり(そういう報告こそダラダラ長かったりする)。史料読解と同様、こういう技術を伝授するシステムが必ずしも体系化されてはいないのがやや不思議なところだが。なぜか歴史学は(人文系はみなそうかもしれませんが)、研究手法に関する講義が大学にはないんですよねぇ。

2005.06.20

後ろ髪を引かれる思いだが…

コストを試算(笑)した結果、やはり今週末の帰省は断念の方向で。
各地への研究会行脚を目論んでいたわけですが、断行すると来月の生活が立ちゆかなくなりそうなので…。
貧富の格差が機会均等を損ねている事を実感(って、そんな大袈裟な話ではないが)。

なにはともあれここを御覧の関係者?の皆様、そういう事でご了承くださいまし。週末は大人しく自分の仕事に取り組もうと思います。

2005.06.18

やや忙殺気味

雑事に紛れる。そしてそういう時は酒量が増える。
これから月末にかけて少々多忙。まだ決断してないけど、次の週末は帰省を考える。ただ今月は予想以上に出費がかさんだだけに、どうするかまだ悩む。

こういう時はあまりネタがない…。今回はこのくらいで。

2005.06.13

古文書を読むためのサイトなど

今日は一転して大学で活字史料めくり。
活字史料の王様(この称号今思いつきました(笑))『大日本史料』を見てました。「今更そんなものを…」とお思いの方々もいらっしゃることでしょう(笑)。実は私、これまで『大日本史料』をほとんど繰ったことがありませんでした。個人的に、編年史料はもう一つ苦手というか。様々な事象を横断的に網羅した史料集にはどうも食指が動かないたちでして。
でもそういう史料集だと、目的外のところで興味深い史料に出会えたりするメリットがありますね。そもそもの目的に合致した史料はほとんど見つかりませんでしたが、それ以外の所で面白い史料が見つかったりしました。やはり侮り難し。

さて、古文書の話続編。こんなサイトを見つけました。近世史料がメインなんですが、そうそうと相槌を打ったり、なるほどと頷いたり。ただここはある程度崩し字が読めることを前提としたサイトで、古文書解読については、こちらが老舗。ちなみに作者の方は私のだいぶ上の先輩です。お世話になってます。しばらくお会いしてませんが、お元気ですか(って、私信か(笑))。

ともあれ、特に学部生で崩し字の解読に苦労している人は、参考になろうかと。

「野球中継」の低質化

土日どちらにするか迷った末、日曜に横浜へ。試合は負けたけど…まぁ見応えある試合だったから良かったです。
でも、土曜のTBSの録画“中継”はひどかった…。野球を好きな人間が番組作ったら、到底あんなひでー構成にはならんと思うんだが。1時間半の枠しかないのに試合前のイベントで15分費やし、「なんでそんなもん見せられないといけないんだ」と視聴者を怒らせたいのか、解説者(槙原)の現役時代の映像とフリで10分弱、さらには、TBSが社運を懸けているんでしょうか?の「世界陸上」の宣伝は非常に丹念に合計10分くらい。
肝心の試合の方は、幸いにもホームランがよく出た試合になったもんだから、ホームランを打つ打席を流して「これで満足だろ」と言わんばかりにCMへ。しかも非常に耳障りなBGM(何あれ? 和田アキ子?が「へーへー」とか「かもーかもー」とか繰り返すだけのやつ)。
このテレビ局あきまへんわ。ベイスターズもこんな会社に買収されてかわいそうに。ニュースでは散々よいしょされるのに、巨人戦中継になると手の平返すしねぇ(笑)。

賛否両論あるでしょうけど、民放の野球中継では、やはり日テレに一日の長があるように思います。プロ野球中継が視聴率を取れなくなった事をすぐさま野球人気に直結させる論調も少なくないですが(実際そういう側面のある事は否定しませんが)、テレビ番組としての「野球中継」の制作能力にも問題があるんじゃないでしょうかね。

少し話題が異なりますが、奇しくも現役選手の古田敦也選手がテレビ番組に関して一言書いていました(ここ)。出来ることなら、野球中継の現状についても聞いてみたいですね。

2005.06.11

梅雨入りのとある一日

久しぶりに史料めくり。やっぱ史料見てると愉しいです。もうこの業界から足を洗うのは不可能ですね(笑)。もっとも、未活字は読むのが大変なんですが…。過去にも何度か書いた気がするけど、崩し字って知識よりも経験が物を言うし、どうしても読めなくて苦労している箇所を、ほかの人が見るとあっさりわかったりすることがわりとある(経験の差が無くても、そういうことがある)。そういうわけで、ほんとは誰かに聞いたりしながら読み進めたりするのが結構効率的なのだが、一人でやってるとそうは行かずで。

昨日はその史料めくりを終えて、そのまま横浜へ。横浜へ行くのはこれまた随分久方ぶりで、7,8年くらい経ってるような。目的はご想像通り関内の駅前にあるあの球場ですが…、中止濃厚の雨っぷりで、ギリギリに行って中止になっていたら改札出ずにそのまま帰ろうと思っていたところ、どうもやるってことで赴く。観衆2260人の発表だったけど、実数は…まぁ憚ります(笑)。客の少なさのため売店がほとんど機能していなかったため、何も食えなかったのが辛かった。帰りは都心回りを避けて横浜線で。
三日連続で行くと財布に堪えるので、今日はパスで、明日また行く予定。今度は崎陽軒のシウマイ弁当をちゃんと確保する予定です(笑)。

しかし、高いぞ横浜スタジアム。立地も考慮すべきなんだろうけど、それこそ都心に構える東京ドームより高いのはちょっと不自然だと思う。

2005.06.09

「疋」という銭の単位

先日の「枚」の話の続編で、少し専門チックな話を一つ。…少々下世話ですが(笑)、銭の数え方。
前近代の銭の最小単位が「文」であることはよく知られていると思います。そして、1000文で1貫文と単位が上がります。これが基本であることは言うまでもありません。ここまでなら、単純明快。
ただ面白いのは、それとは別に「疋」という単位があって、中世ではこれがよく使われます。10文=1疋なんですが、これは中世当時でも概念的な計数単位だったようで、なぜこのような単位が頻繁に用いられたのかは、実のところはっきりとはわかっていません。

ただこの「疋」、諸説あるものの、語源から理由が見えてきます。元々「疋」は布の長さの単位(1疋=約20m前後=2反、地域によって長さは一定ではなかったようです)で、中でも絹がルーツのようです。古代では絹が主要な納税対称品目になっていて、貨幣として使用される事もあったことから、渡来銭が普及してもその名残として「疋」の単位が継承されたものと考えられます。また一方では、納税手段が現物から銭に変化する一方、税額の単位自体は旧来のままであることが多かったので、絹などの布の納税額としての「疋」が銭の単位に読み替えられていったのでしょう。

さて、先に「概念的」と書きましたが、どういう意味かというと、当時の銭は紐で一定数を束にする(「緡(さし)」)のが一般的でしたが、その数は50文か100文を単位にしていました(実際の数は50枚・100枚ではない。ここを参照。この法則=「省百法」を採用した電卓はこちらから)。つまり、10文を一括りにして使用することは無かったようで、10文という括りはあくまで計算上の単位であったと思われる点です。おそらく上記の経緯にあるように、習慣的に残った単位が定着したのではないかと思うわけで、先のネタに関わって言うならば、原稿用紙が消滅した後も「枚」という単位が残るとすれば、それと同じ事例と言えるのではないか、ということになります。

ともあれまぁ、
「疋」=10文
「貫文」=1000文
であることを知っておけば、とりあえず問題はないのですが。中世の銭は1枚=1文が基本なので、その辺はわりと単純でわかりやすいです。当然ながら、その基本原則が崩れると、とんだ混乱が起こるものと考えられるわけですが…。

2005.06.06

悩ましき季節

梅雨入りを目前にして、段々暑くなってきた。嫌いな夏がまた近くなってきて憂鬱。強烈に蒸し暑くなる関西と違って、梅雨時の関東はむしろ涼しいことが多いので、その分まだましだが。
そんな気候も災いしてか?最近やや無気力状態。締切間近でなんとか一つ仕事を片づけたものの、次に迫る仕事を前にして、少し途方に暮れている面もあるが…。
最近は一人でいることが多いだけに、本当に自分はこのままでいいのか?とか、そういう自問自答で塞ぎ込む時間が増えてきたような気がする。そういう時は腹を割って話せるような相手が身近にいればいいんだけど、あらゆる事をぶちまけて発散させてもらえるような存在はいないので、それが精神衛生上良くないのだろう。いや、研究方面や趣味の面では気の合う方々は身近にたくさんいるが、もっとプライベートな悩み事なんかを言い合えるような相手となると…。
振り返ってみると、去年の今頃も同じようなこと書いてるなぁ…。しかも懊悩の原因が全く同じ(苦笑)。進歩がないなぁ。

2005.06.04

日韓歴史共同研究報告書

以前話題に挙げた日韓歴史共同研究委員会の報告書が一部公開されています。体裁としては、なるほど「両論併記」というのがよくわかります。現時点では討論等の記録はまだ公開されていないのが残念なのですが、当然ながら近代史が議論の中心に据えられる性格を持っているせいか、前近代の方は随分空気が違うように感じました。
一般の関心とは違い、私は中世の部分に一番興味があったんですが、確かに近年の日朝関係研究を代表する方々が、今話題になっているテーマについて詳細に論じられていました。

ただ先に触れた倭寇の話がテーマになっていないのはちょっと驚きました。確かに研究動向としては今はトピックにはなっていないですけど、現在における日韓関係の歴史認識の相違を問題視するというコンセプトである以上、ちょっと違和感を覚えました。
噂によると、かつて村井章介さんが対馬海峡の海域を往来する人々を「マージナル・マン」と呼んだ話(同『中世倭人伝』、岩波新書新赤274、1993年参照)が、韓国側ではかなり不評だと聞きます。「対話」だけで安易に解決(妥協)すべきような問題ではないのですが、なんか腫れ物に触れるのを避けたような印象が…。

話は替わって、先日神保町で熱田公『中世寺領荘園と動乱期の社会』(思文閣出版、2004年)を、誘惑に負けて購入(笑)。定価9000円(税別)の本が5400円(税込)で売っていたのでつい…。もう一冊破格値の欲しい本があったんだけど、さすがに我慢。相場より割高と言われる神保町にあって、この店だけ異様に安いのはなぜなんだろう。私にとっては有り難いのですが(笑)。

2005.06.01

「枚」という数え方

先日散髪に行った時、うつらうつらしながら流れているラジオを朧気に聞いていると、養老孟司さんが新書執筆に関して話していたのが聞こえてきた。詳細はよく覚えていないが、「新書は2~300枚程度の分量だから書きやすいし読み切りやすい」とか、そういう話だったと思う。その時養老さんも説明していたが、「枚」という数え方。そうか、医学の分野でもこの数え方使ってるのねぇ…なんて思いまして。

業界の方には当たり前の「枚」。よく知らない方は、少年時代には見るのも嫌だった(笑)400字詰原稿用紙を思い出していただきたく。原稿執筆の際の計数単位で、通常は1枚=400字を指します(ただし200字詰原稿用紙もあったので、200字を指すこともある)。昔はこの原稿用紙に文章を書くのが当然だったので、原稿用紙の枚数で全体の字数を計算するわけです。
この感覚が染みついてしまうと、逆に実際の字数にはぴんと来なくなってしまいます。「30000字」とかと言われてもどれくらいの分量なのかがすぐにわからなくて、必ず400で割って「枚」に換算します。この経験をした人は多分少なくないでしょう(笑)。研究分野によっては、「枚」を使わずに実際の字数で計算する方が主流の所もあるようですが。

ちなみに日本史の場合、論文は50~80枚(20000~32000字)、研究ノートは20~50枚(8000~20000字)、書評は10~20枚(4000~8000字)くらいが一般的ですが、「枚」と「字」、ぴんと来るのはどちらでしょうか? やはり私は前者です。博論では1000枚くらい書かれる方も多いですが、字数だと400000字。ぱっと見ただけではもうよくわかりません(笑)。
もはや原稿用紙で文章を書く人はかなり少なくなってきたと思いますが、慣習としてこのような数え方がしっかり残っているのは面白いですね。なぜ兎を「羽」と数えるかはご存じの方も多いでしょうけれども、いろんなモノの数え方にも歴史があることに気づかされます。

もう一点驚いたんですが、新書って思ったより分量少ないんですね。ページ数がわりとあるから惑わされていたけど、1頁当たりの字数は確かにそんなに多くはないですからねぇ。その分労力が軽減されるから、専門家も新書なら比較的抵抗無く書ける…ってな趣旨の話も養老さんはしてたような。なるほど、新書がはやる背景にはこういう事もあるのね。

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