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2005年7月

2005.07.31

怠惰な夏の一日

この週末は暦的には「夏祭り」イベントをぶつけやすかった模様で、あちこち花火をやってたようだけど、私は珍しく予定の無い土曜日ということで、家でゆっくり。でも相変わらず暑くて難渋。山奥の川に行って涼みたいなぁ。バーベキューでもしながら(笑)。
こういう日こそ涼みがてら外で作業したいもんなんだけど、夏休みの週末となるとその環境を提供してくれそうな所はほとんど開いてないのが困る。個人的には毎日平日であってほしい(なんていったら怒られそうだけど(笑))。

さて、サマーセミナーまであと一ヶ月。史料めくりは先週の作業でだいぶ進んだ…が、終わるかなぁ。来週はスケジュールに余裕があるので、ここでメドを付けておきたいところ。

2005.07.28

研究は一瞬のひらめきが大事?

あっちぃ。

というわけで、野暮用を済ますついでに学校に涼みに行く。しかしうちの大学の図書館、冷房の利きが弱くて長居できない。何がクールビズだ。シャツ一枚でも汗だくになるような環境は「節約」じゃないでしょ。それならば、むしろ冬の暖房費の方で節約してくれ。しょうがないから近くの喫茶店で借りた本を読む。

で、その本を読んでいるとインスピレーションが来たので、帰って久しぶりに(おい)論文書き。ただし抱えている仕事とは別のネタ。これも一種の現実逃避なんでしょうねぇ。思い通りに書ければ「大論文」なんだが、もちろん思い通りに行ったことなど一度もない。せめて論文として発表できるラインに達するかどうかが勝負。喫緊の仕事でないとはいえ、随分前から放置していたネタではあるので、なるべく早く形にしたいところですが。

2005.07.27

台風の日、寝違えに悩む

台風接近ってことで予定がすべてキャンセル。ってことで自宅で作業を少しばかり。本当に少しばかりなのがいただけないが。
結局、雨は比較的強かったが、風はそれほどでもなかった。肩すかし。

まぁでも一日家に居られたのは幸いだったかも。というのも、先日寝違えてしまい時折首に激痛が走るため、集中力が保てない。過去何度か寝違えたことはあるが、これほどの痛みを感じるのは初めてではないだろうか。どうも患部をグシグシ指圧したのが良くなかったらしい(でもこっちでは思いっきり患部が「ツボ」になってるんだが…)。
ところでこの寝違え、医学的には明確に発生原因がわかってはいないらしい。最も適切な治療法は「ほっとくこと」って(笑)。道理で検索すると東洋医学(ツボ)のページばかりヒットするわけです。もっとも本当にメカニズムがわからないのではなくて、研究対象とされることがなかったためらしいですが(こちら参照)。どの分野にもそういう話はあるもんですねぇ。

2005.07.25

研究会行脚やら地震やら

月末が近くなると研究会が多くなる。今月も、ここ数日は研究会のはしご。
土曜の地震も研究会中に遭遇。いつもの通り飲んで帰ったのでダイヤ混乱の影響は受けなかったが、それにしても飲み過ぎた…。日曜はフラフラで一日棒に振る。早速ぐーたらぶりを発揮。

そんな中、別の研究会で池袋へ。前に住んでいた所からだと都心に出る際の経由地になっていたのだが、今の所に引っ越してからはほとんど寄りつかなくなったので、随分久しぶりに行った。ジュンク堂にも立ち寄る。
そこで、横井清『室町時代の一皇族の生涯-『看聞日記』の世界』(学術文庫1572、講談社、2002年)購入。知る人ぞ知る、「そしえて」が刊行していた「日記・記録による日本歴史叢書」のシリーズの改訂版。このシリーズは100冊レベルのかなり壮大な計画があったようなんですが、残念ながら刊行は止まってしまった模様で、実際に刊行されたのは10冊ほど。
同じシリーズにある、鈴木良一さんの『大乗院寺社雑事記』も復刻してくれないかなぁ。良書なのだが古本では手に入らない。

2005.07.22

最後の?夏休み

毎年書いてますが、今年も9月末までの夏休みがやってきました。
学生としては今年が最後の夏休み(の予定)なので、稔りのある(=後悔しない)日々を送りたいものですが…。過去の経験を鑑みれば、今年は如何にぐーたら度を小さくできるかという目標の立て方にした方が現実的かもしれません(笑)。
ただまぁ今年は仕事を抱えているので、その消化でほとんど終わってしまいそうな感じ。景気よく+αで論文1本と行きたいところですが、言うは易し、行うは難し。

まぁせめて、今年の夏休みは何か一生の思い出になるような事が一つ経験できればいいことにします。去年・一昨年と夏休みは何をしてたかほとんど憶えてないので(笑)。もっともこれが一番難しい目標かもしれませんが。

2005.07.18

プロ野球の応援団問題

プロ野球の私設応援団に対する規制が来週から強化される事になった件がささやかに報道されている。

約款案では、私設応援団の代表者が、メンバーの氏名や住所、応援方法などを記した許可申請書を提出して球団側が審査する。暴力団とかかわりを持った団員や、過去に迷惑行為で球場から退場処分を受けた団員がいた場合など、9項目の不適格事由を設けている。
http://www.asahi.com/sports/update/0716/007.htmlより

というもの。実は確か東京ドームでは先行してこれを採用していて、名簿提出を拒否したある球団の私設応援団が活動できなかったこともあるようだ。

日本のプロ野球に付きものの応援団。「メジャー流」なるものへの憧憬を楯に叩かれることも多いが、あくまで私個人としては、居て欲しい存在ではある。しかし暴力団との繋がりを持つ(ってか、実質的に暴力団員で構成している)私設応援団がいくつかあることも明らかになったり、それらの輩が暴力沙汰を起こしていたりと、安全に野球観戦をするためにはかかる規制が必要とされるのは致し方のないところだと思う。実際、野球観戦に行かれた方で、眉をひそめるような行動を目撃した人も少なくないことでしょう。
ただ一方的に応援団を悪者扱いするのもなんなので(笑)、少し擁護しておくと…。ガラの悪そうな人が多いのも事実ですが(笑)、大半の応援団は普通の社会人で構成されていると思うし、むしろ観客同士のトラブルの仲裁を買って出たりする人もいるなど、比較的殺気立つ事の多い外野席での治安維持活動の一端を担っている部分もある。

ところで、もちろん暴力団との関係を断つ事も重要なのだが、問題だと思うのは席の占拠の問題。おそらくどの球場でも応援団スペースとして特権的に割り当てられている部分があると思うが、どう考えても取り過ぎなきらいがある。これも改善する予定のようだが、これが意外と観客とのトラブルに繋がっている側面もあるし、応援団への印象が悪くなる一因であることは確かなので、早急に対処してほしい案件である。
もう一つは少し主題とは逸れるかもしれないが、どこの応援団もたいてい用いている旗。球団旗とか選手を応援するための旗とか、チームと選手の応援が主題である内容のものならいいのだが、「応援団旗」として単に応援団の存在を示すだけの旗が振られることも多い。これは正直言って全面的に禁止してもらいたい。旗自体も後方に座る観客の視界を遮るものなので反発は少なくないが、ましてやチームの応援に必要とは思えないものが描かれている旗がおおっぴらに振られるのはちょっとどうかと思う。

応援団から暴力団を排除するための措置を具体的に執り始めたのは良い事と思う。ただ、そうなると今後は一般客に混じって不法行為を行う可能性もあり、これだけで単純にトラブルが減少すると考えるのは少々楽観的かも。あくまで漸く第一歩を踏み出したという感じ。

2005.07.15

焦燥感の増す日常

うーん、まずい。抱えている報告準備がはかどらない。
未だにネタにする史料めくりが全然終わらなくて、分析さえもままならない状況。間に合わせなければならないとはいえ、間に合うのか不安になってきた。こういう時に限って忙しかったりして(笑)、今月は月末まで予定がびっしり。
大河「義経」、挫折しかかりながらも一応ずっと見ているんですが、一ノ谷の合戦でいろんなイベントが端折られていた上、熊谷直実も平敦盛も出なかったのはいささか驚きました。小学生だかの社会科の授業で、鵯越と共に地元の歴史としてこのエピソードを叩き込まれた地元出身の人間としては非常に複雑な思いです(笑)。

桐野作人『島津義久』(PHP文庫、PHP研究所、2005年)受贈。ありがとうございます。伝記的な小説といったところでしょうか。武田信玄・上杉謙信・毛利元就・伊達政宗辺りと肩を並べる戦国大名なんですが、なぜか今一知名度がないこの人。その空白を埋めるべく執筆されています。

2005.07.11

学問に対する精神の継承

先週末は「永原慶二氏の歴史学をどう受け継ぐか」シンポに出席。
報告も討論もためになりました。特に討論の方で生前の永原さんのエピソードが次々に出てきて、非常に面白かったです。研究者は、研究対象そのものへの思いは当然論文等を通して伝わるのだが、研究の背景にある理論的枠組みの形成過程といったようなものはなかなかわからないので、それに関わるお話が聞けたのはとてもいい経験になりました。
さて、我々がどう「受け継ぐか」。といっても、氏の理論を信奉し続けるという意味ではもちろんない。歴史学はあくまで現代社会にどのような形で貢献しうるのかを問い続けねばならない、という氏の一貫した研究姿勢が、私には非常に重く感じる。
時折歴史学は「批判の学」と言われ、それゆえ時には快く思わない人から「左翼」「アカ」と言われることも多い(もちろん別の意味でそう言われる歴史的経緯があったことは確かだが)。事実今も国家に対して批判的立場から意見する機会が多いのだが、今後もその姿勢が歴史学の一つの役目であるとともに、一方で「ためにする」批判に陥ったり、単なる利益誘導になるような意見に終始しないよう自覚せねばならない。
当日の討論でも話題になったが、今は歴史学に対する社会的評価が続落傾向にある。それを反映するごとく、この20年で雨後の筍のように大学が増加したが、裏腹にそこでは歴史学の講座はほとんど設置されないばかりか、既存の大学でも歴史学の講座は全体的に縮小傾向になっている。
しかしそれを単に韜晦するのではなく、どう「巻き返す」かが、我々が「受け継」いだ使命かもしれない。

中村政則「趣旨説明」
保立道久「永原慶二氏の歴史学」
井原今朝男「永原慶二氏の荘園制論」
池上裕子「永原慶二氏の大名領国制論」

主催者コメント:
永原慶二さんが昨2004年7月9日に81歳で亡くなられてから、一年が経とうとしています。
「お別れ式」(※引用者注:2004年7月20日@如水会館)には500名近くが集まり、多くの方に思い出を語っていただきました。また、ご自身が生前に『永原慶二 年譜・著作目録・私の中世史研究』(私家版)をまとめられ、親しい方々に頒布されました。しかし、それだけで永原さんの多彩な生涯や業績が語り尽くせたわけではありません。
私たちはそうした思いから、永原さんの人と学問や、氏に寄せる追悼の気持ちを、あらためて一冊の本にまとめ、永原さんを追悼するよすがにしようと考え、僭越ではありますが「永原慶二追悼文集刊行会」を発足させました。

なおシンポの詳細な内容はこちらが非常に詳しいです。

2005.07.07

サマーセミナーという行事

業界外の方で知っている人はおそらくほとんどいないと思いますが、日本史学では夏休み期間中に「サマーセミナー」という一大イベントがあります。2泊3日程度で全国の研究者が合宿して研究報告をしたり、史跡見学を行ったりする行事です。幹事はそれぞれの地域の研究者の持ち回りになっています。
専門の時代ごとにいくつか分かれていて、例年の開催時期もそれぞれ異なっているんですが、今年もそれぞれの時代ごとに滞りなく開催されるようです。この行事、とりたてて特定の学会等の後援があるわけではなく、あくまで自主的に開催する形式となっているのですが、もう半世紀近く続いていて、伝統があります。
ただやはり参加費用が結構かかるので、近年では参加者の平均年齢が少し上がっているようです。かくいう私も去年が初参加で、それまでは資金繰りが困難であることを理由に見送ってきていました(まぁ人見知りするという理由も大きいのですが)。しかし補助を出せるような後援団体があるわけではないので、そこらへんは仕方のないところでしょう。

そしてどういう巡り合わせか、今年は私がそこで報告をすることになりました。しかもその準備が遅々として進まず、悶々とする日々。しかも今年の中世史サマーセミナーは、実は私の誕生日とかぶっていて、まさにその日に報告する可能性も高い。振り返れば2000年の誕生日は修論構想報告をやりましたが(笑)、2005年の誕生日は研究報告とあいなる可能性が。因果だなぁ。

まぁそんなことはともかく(笑)、こういう伝統が揺るぎなく受け継がれているのは感慨深いものですね。そもそもの発足の契機は、まだ交通機関が発達していない時代において別々の地域の研究者が一堂に会する機会を一年に一度は作りたいというものだったそうです。そしてそれが成功し、今に至っています。ところが十分に交通機関が発達した今においてむしろ、地域間の交流が徐々に疎かになってきたような気がします(気のせいかもしれませんが)。改めてサマーセミナーが開催される意義を自覚し、参加しないといけませんね。

2005.07.04

学界もモラルハザードの懸念

「渇水」と書いた舌の根も乾かないうちに今度は大雨だとか。なんとも言い難い。
都議選も無風(あくまで私の感想では)、世論そっちのけで国会は大荒れと、いろいろニュースがありましたが、私が気になったのは、

論文の盗用や二重投稿などの科学上の不正行為が、過去5年間に少なくとも国内の113学会で問題になったという実態が、日本学術会議の調査で分かった。http://www.asahi.com/national/update/0704/TKY200507040358.htmlより

という記事。回答した学会の13%に当たるそうだが、「意外と少ないのね」と(笑)。まぁ不正と言っても程度の違いがあるので一概には言えないが、こういう問題でチェック機能の必要性が言われるようになるとみっともないので、モラル面で自戒の念を新たにしてもらいたいものです(もちろん自分も含めて)。

もっとも論文の盗用とかデータの改竄なんてのは自らの研究者生命にもかかわる重大問題だとは思いますが、「どうせバレないだろう」ってのもあるんだろうなぁ。明るみに出ていない事例がまだ結構ありそう。
かくいう私も史料探しをしていて、構想とは正反対の結果をもたらす史料にぶちあたって落ち込むことも多いので(笑)、つい手を染めてしまう心情もわからんでもないが…。

2005.07.01

故郷の味あれこれ

キャベツが今非常に安い。これも異常気象が影響したそうで、既に生産者で廃棄処分するほどだとか。もったいないとは私だけではなく誰しもが思うことだろうけど、仕方がないんでしょうねぇ。ともあれ、身の詰まった上質のキャベツが1個100円もしないのは有り難い。一人暮らしだと処理するのも大変だが。
海老や長芋も安かったこともあり、長い一人暮らしにおいて初めてお好み焼きを作ってみる(笑)。ただ微妙に失敗。生地が少し緩かったのか、卵を入れすぎたのか、単に焼き方に問題があったのか。原因は不明。ソースはオリバーのどろソースをスーパーで発見したので即決。いやぁ懐かしいなぁ。神戸にいた頃は当たり前の味だったんだが。
あとなんか物足りないなぁと思ったら、そうか、すじこんにゃくが無いんだなぁ。でもさすがに作るのは無理。ともあれ生地はまだ残っているので、あれこれ試行錯誤してみようかと。

話は変わって、先日最終回ってことで見た「はぐれ刑事純情派」の放映中、ラーメン店のロケで使われた店に「神戸ラーメン・第一旭」って書いてあったのに目が留まる。神戸にいた頃はよく食べに行っていたが、そうか、東京にもあったのね。今度行ってみようかなぁ。ただ、震災後は味が変わったという噂もあったが…。実際はどうなんでしょうか。
しかしこのドラマ、17年もやってたのか…。そういや「特捜最前線」の後継番組ですもんね。ほとんど見なかったけど、いざ終了となると一抹の寂しさを感じます。

「渇水」の記憶

そろそろ私の周囲でも渇水が話題に上り始めました。時折耳にする「11年前の渇水」。私、この年(1994年)はちょうど大学に入学した年で、慣れない一人暮らしを始めたところにいきなり断水等の体験をしたのが懐かしいです(笑)。もっとも私の住んでいた所はわりと世帯数の多いマンションで、自前のタンクがあったから一応24時間水は出てましたが。あと、意外と町中でも井戸水を使っている世帯もわりとあったので、それである程度凌ぐことも出来たようでした。私にとっては、この年は渇水そのものよりも雨不足に伴う猛暑の方に辟易した記憶が強いです。
ともあれ四国では既に給水制限が敷かれた地域もあるそうで、お見舞い申し上げます。

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