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2005.10.05

両毛ツアー(2) 日光再び

宇都宮から高速を飛ばして日光へ。去年ようやく初めて行った地だが、今年もまた来ることに。

日光では自由行動に近い扱いになったので、去年行きそびれた輪王寺と大猷院をメインに回る。
rinnoji01輪王寺は、中世では山岳修験の道場として栄えた歴史を持っているのですが、往時を偲ぶものはやはりあまり無くて、写真の三仏堂(重要文化財)をはじめとして、今の伽藍はすべて近世以降に建てられたもののようです。かの有名な天海が住職となったのがターニングポイントでした。三仏堂も正保2年(1645)に徳川家光によって建立されたものですが、これだけ立派なお堂が建てられたのも、家光の日光に対する並々ならぬ思い入れによるものなのでしょう。
taiyuin02そしてこちらはその子院である大猷院。家光の墓所です。写真はそのうちの二天門(重要文化財)。家光自らの意向ということで規模は控えめなんですが、いかにも墓所というような造りで、いくつもの門をくぐりながら階段を登るといったしくみになっていました。

あと一応東照宮と二荒山神社にも再び行きましたが、今回は家康墓所までは行かず。今回は平日午後だったこともあってか、すごく空いていました。東照宮ではひたすら灯籠の銘を見ていました(笑)。奉納者を憶えているまま書き連ねると…、細川忠興・伊達政宗・伊達秀宗・毛利秀就・松平忠長…などなど。二荒山神社では、去年は見なかった鎌倉期の灯籠(重要文化財)を見ました。
futarasan13この灯籠は「化灯籠」と言われ、銘によれば正応5年(1292)に鹿沼権三郎入道教阿と清原氏女が奉納とありました。今に残る中世の銅灯籠としては最大級だとか。「鹿沼」の名が登場する初めての事例でもあるそうです。

ところで日光の語源は二荒がなまってということなんですが、本当なんでしょうかね? ついでに、「宇都宮」も「一宮」がなまったのだとか。

さて、これらを回ったところで日暮れ。神橋が特別に渡れるということだったが、パスして宿の鬼怒川温泉へ。なかなかいい宿でした。鬼怒川に泊まったのは初めてだったけど、思いの外閑静な感じ。悪い言い方をすれば、随分寂れてますね(笑)。そんなこんなで、一日目終わり。

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