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2005年11月

2005.11.28

大学で日本史を学ぶために(3)

◎3 大学の環境

(1)古文書読解の訓練を受けるシステムがあるか

 ◎2に関わるんですが、研究対象の選択によっては、未活字の古文書を読み進める必要が生じます。しかし、古文書に書かれる字(崩し字)はいわゆる「ミミズの這った字」で、普通の現代人は読めません(書道を極めるとある程度読めるようになるみたいですが)。そういうわけで、読めるようになるためには訓練を受ける必要があります。
 しかし、古文書読解の訓練を重視して授業として設けている大学は、実はあまり多くありません。もちろん課外で訓練を受ける場が設定されている大学もあるんですが(実際に入学しないとその存在に気付くのは困難)、やはり正規の授業として設置されている方が心強いでしょう。古文書読解がカリキュラムに組み込まれている大学をなるべく選択しましょう。
 ちなみに大学院入試では、日本史の場合、第二外国語として古文書読解を選択できる大学が結構あります。大学院への進学に際しては、古文書が読めることは前提条件と見做されますので、進学も視野に入れている人は特に重要な要素です。もっとも最近では、活字史料の充実化や院試での語学科目削減もあって、崩し字を読めなくても大学院へ進学することはそんなに困難なことではないようです。しかし古文書を読解できる能力というのは、当該研究の研究者として備えるべき最低限の技術であることは確かなので、できれば学部生の時に訓練を受けた方が良いかと思います。
 研究者を目指さない人にとっては、かえって崩し字を読まされるのは苦痛かもしれません(笑)。確かに今の社会で崩し字を見る事はおそらく無いと思いますが、だからこそ、大学の時だけでも親しんでおく機会を愉しむのはいかがでしょうか。
 独学で習得する事も不可能ではないですが、一からというのは正直言ってかなりきついと思います。もし大学院がある所であれば、院生を捕まえて教えて貰ったりするということも出来るかも知れませんが、それ以上に自身に必要とされる熱意と努力は並大抵のものではありません。なお、一応市民講座として古文書講座が設置されている所も最近増えていますが、コストを考えれば、学部生にはあまりおすすめできません。

(2)スタッフはどうか

 これは絶対に事前にチェックしてください。例えば中世をやりたいのに、その大学に中世の先生がいないというのではお話になりません。もっと進んで、その大学にいる先生はどの時代のどういうことを研究しているのかについても、出来れば知っておきたいところです。日本史といえども様々な研究分野があり、例えば中世の対外関係史が専門である先生のところで荘園史を学ぼうとしても、適切な指導が得られない可能性もあります(まぁ、卒業論文を書くに当たっては、基本的に疎い分野でもほぼカバーしてもらえるとは思いますが)。
 あと先にも書きましたが、研究者個々にも得意分野と不得意分野とがあって、研究室の購入書籍も研究者の意向が反映しますから、教員の不得意分野については蔵書が充実していない可能性があります。その点でも、教員の専門分野と自身の興味がある程度一致しておいた方が得です。
 もっとも、いざ大学へ進むと興味が変わる事も少なくないですから、あんまり細かい研究分野に拘っても意味はないかもしれません。例えば、おそらく一番ありがちなのが、「誰それという戦国大名について研究したい」とかいうものだと思いますが、本当にその大名の専門家の居る大学だけを選択肢にするのは、大学の選択肢を狭めるデメリットの方が大きいです。つらつら書いておいてなんですが、あんまり悩まず、中世を希望するのであれば、中世の先生が居るかどうかぐらいでも問題ないと思います。

(3)所属学生の人数は

 これは私立大学を視野に入れた際に重視して欲しいんですが、一人の教員にどれだけの人数の学生がゼミ生としてついているかを、できれば知っておいた方がいいでしょう。国立大学だと全体で20人程度だと思いますが、私立大学だと一学年で100人を越えるような所もあります。そういう所では、余程やる気を出さないと充実した指導を受けることは難しくなります。
 今後は学生数自体が漸減傾向にあるので、大量のゼミ生を抱える大学というのは限られてくるかもしれません。でも、いわゆる「有名私立大学」にその傾向が偏りがちで、その知名度ゆえに、当面は状況は変わらないでしょう。
 まぁこの辺は、学部もしくは学科単位で学生数を教員数で単純に割ってみるとある程度傾向が出ますので、気になったら大学が公表している数値を基に試してみてください。

2005.11.26

「経県値」

というのがあるので、やってみました(こちら)。
結果はこちら
東北の白さが際だちます(笑)。来年は多少なりとも克服したいんですけどねぇ。行ったこと無いだけじゃなくて、東北はまったく土地勘がなくて、どこに何があるのかあまりよく知りません。やっぱ、少しでも「知る」ことから始めないと行きたいという気持ちもたかぶらないのでしょうね。
点数は、普通の人よりは高めじゃないかなぁと思ってはいたが、そうでもないかも…。ご同業限定だとかなり平均が高そうだしなぁ。

実はこれ別のブログで知ったんですが、こちらでも紹介されていて、実に奇遇。興味の向く所が似通っているからかもしれませんが(笑)。

2005.11.25

迷惑メール急増中

携帯とは対照的に一向に進まないパソコンへの迷惑メール対策。私は迷惑メール対策のプラグインをメーラーに入れているので、不快感と時間の浪費は最低限で食い止められているが、やっぱり鬱陶しい。
で、そのプラグインにある履歴を参照すると、それでも今年8月までは受信する量はほぼ一定だったんだけど、9月以降に急増していて、10月は8月の倍以上も迷惑メールを受信している。今月も減少した形跡がない。

ここ数ヶ月の間になぜ急増したのかは、単に私がたまたまそうなっただけなのかもしれないのでなんとも言えないけど、迷惑メールの受信数自体は着実に増え続けているわけで、なんとかならんか、と。もっとも現状では有効な決め手が無いことも承知しているが、さらに今後増え続けて、一日に1000通も来るようになってしまうと、社会的にも大問題になるわけで。今の内になんとか歯止めをかけねばならないようにも思える。

結局のところ、携帯の方が効果を挙げたのは発信者を比較的特定しやすいからであったと考えられるが、パソコンの方はやはりそこがネックになっているようで。「匿名性」の確保や「通信の秘密」の尊重が今のようなネット社会の発展に大きく寄与したことは認めるけど、一方で犯罪に利用されるというマイナスの部分をも助長している要因になっているわけなので、このまま野放図にするのも再考の余地があるんじゃないでしょうか。

まぁ大半は「出会い系」なわけで、結局ここを法的に規制するのが手っ取り早いんじゃないですかねぇ?(やや乱暴な意見) なんとなく、欧米からのものはまがい物の商売、アジアからのものはエロと、傾向がくっきり出ているような気もする。国民性ですかねぇ?(笑)

2005.11.22

外は冬、心は吹雪

今年もあと40日になりました。早いものです。
といっても個人的には、あまり実感がないですかねぇ…。気候的には、随分冷え込んできて冬の到来を実感してはいますが。忘年会シーズンといっても、飲むペースは年中変わらないしなぁ(笑)。むしろ年末年始とかの方が人と会う機会が減る分、酒量がかえって落ちたりするわけで。

どうせいつもと変わらないから(むしろ年始早々にゼミ報告が待ち受けるしで)、正月が近づくわくわく感などまったくなし(クリスマス?何それ?)。ああ…、こんなにすさんでいるのも、減らぬ仕事のせいだ、と責任転嫁(笑)。カネもないのに、仕事なんか忘れてのんびり温泉旅行したいなぁ、と思う。でも本当に旅行したら、その後に一層の苦難が待ち受けてしまうわけですが。

そんなこんなで、なんとか一つ仕事を処理。ご褒美として?これから一週間ほどは酒浸りになります(笑)。せめて、正月気分を先取りできる幸せな身分だと思うことにしておきます。

2005.11.21

大学で日本史を学ぶために(2)

◎2 大学の設備

既に指摘したように日本史は人文科学というカテゴリーに分類され、それゆえ基本的には文学部に所属しているわけですが、言うまでもなく学問に取り組むためのツールはほぼ文献資料に絞られていると断言して良いでしょう。つまり、本がないと話になりません。
そこで気にしておきたいのは図書館の規模です。どんなに有名な大学であっても、図書館がお粗末な大学は本来敬遠すべきです。また、日本史関係の本が充実しているかどうかも、できれば調べておきたいところです。蔵書は多くても、分野にかなり偏りのある大学も散見されるので、出来る限り事前に調査しておくと良いでしょう。

ではどのように調べたら良いのか。これは受験生の段階ではなかなか難しいのも確かです。そこで、大学図書館の蔵書検索として周知されているwebcatで、日本史を学ぶためのごく基本的なツールをいくつか検索にかけてみました。(※注:ただし、webcatは必ずすべての大学のすべての蔵書が検索対象となっているわけではありません。)

まず『国史大辞典』(吉川弘文館)。日本史関係の辞書としては、最もポピュラーかつ基本的なものです。高校にも置いている所が少なくないのですが、実は置いていない大学もあります。この記事を書いた時点では772件ヒットしており、基本的に普通の大学ならば必ずどこかに置いてあると考えて良いでしょう。ここでヒットしなかったり、ヒットしても全巻揃っていない所は、日本史を学ぶ環境はゼロと考えて良いと思います。

次は『大日本史料』(東京大学出版会)。特に中世史を学ぶ際の基本史料集です。時代ごとに分かれていますが、例えば戦国時代に当たる第8編を検索してみると、ヒットは147件。随分減ります。置いていない所はダメというわけではありませんが、置いてある所の方が便利なのは確実です。

もう一つ、研究書の方はどうなのか。これは知っている本をいくつか試しに検索してみると良いかと思いますが、一例として池享『大名領国制の研究』(校倉書房、1995年)をかけてみました。この本を一例に選んだことについて、他意はありません(笑)。結果は105件。ヒットした所は、比較的専門の蔵書が充実しているように思います。

もちろん以上は一例ですし、時代や研究分野によって得意・不得意のある大学もあります。ただそこまで来るとなかなか外から判断するのは難しいですが…。ちなみにそういう温度差が生じる背景としては、その大学に所属する教員の得意分野が影響しているケースがあると思います。後に触れますが、所属している教員の専門分野も勘案しておけば、いざ大学に入って読みたい本が全然無いと途方に暮れる事態は防げるでしょう。

ちなみにこれは余談ですが、このご時世にあって未だオンラインで蔵書検索の出来ない大学は避けた方が良いと個人的に思います。そこらへんから、大学当局の図書館に対する意識が垣間見えるというものです。

2005.11.18

大学で日本史を学ぶために(1)

過去ログに同名タイトルの文章を載せています。実は密かに貢献度の高いコンテンツだと自画自賛していたんですが、反応は2年経ってもゼロ(笑)。ちょっと当てが外れましたかねぇ。
そろそろ今年も大学受験が近づいてきましたし、何度かに分けて改訂版を書いてみたいと思います。受験生や受験生をお持ちの親御さんがどれだけここを見ているかは定かではありませんが、少しでも参考になれば。
あと、可能であれば(やる気が持続していれば(笑))新たに学部生の人が見てもためになる手引きみたいなものも作りたいと思います。


◎はじめに

大学に進学して日本史を専攻したいという人は少なからずいると思うのですが、そういう人たちのための有益な情報は意外とあまり提供されていないのが実情ではないかと思います。それゆえ、大学選びはほぼ偏差値の高低に左右されるケースが多いように見受けられます。
もちろんその大学のいわゆる「レベル」は、その大学の知名度と直結しています。大学を出て(比較的苦労せず)就職することまで見据えるならば、有益な選択基準です。また、大学にはそれぞれ独特の気風もあります。それを存分に味わうことも、かけがえのない大学生活を送る上で重要な要素であることは間違いありません。もし以上の点が大学進学の第一義であると考えるならば、それに向かって受験勉強に邁進していただきたく思います。
しかしこれから書くことは、「日本史を学ぶために」選ぶならば、というコンセプトですので、以上のような選択基準は一応考慮に入れません。日本史学という学問に打ち込める大学はどんな大学なのか。そのような目で大学を見るための手助けになれば、と思います。

◎1 日本史学講座を選ぶ

当然な話ですが、実は今は無い大学の方が多いです。
まず、日本史学を専攻する講座は、原則的には文学部・人文学部等の人文学系学部に置かれています。ただし近年の「改組」に巻き込まれてしまい、まれに国際文化とかいうような学部の下にひっそりと息長らえている場合もあります。とりあえず注意しておきたいのは、「日本史学専攻=文(人文)学部」という昔のわかりやすい図式にはなっていないという点です。まぁ受験情報に関する書籍には講座まで詳しく掲載されているでしょうから、志望大学にあるかどうかは細かにチェックすれば大丈夫でしょう。
ただし、日本史学(国史学)という講座名ではない所でも、日本史を学べる所があります。二,三例を挙げると、経済系学部の経済史学とか、法学系学部の法制史学等の講座がそれに当たります。ただし、やはり研究対象はその分野に限定されてしまいますし、対象とする時代は近代史以降にやや偏っています。ほかに学びたい分野とか、将来の進路を勘案して、あえてこれらの方向へ進むことも選択肢として考えてみてもいいかもしれません。しかし前近代史に興味がある場合は、場合によっては希望と異なる危険性もあるので、注意が必要です。

ほかには例えば、教育学部(教員養成過程に限る)も可能です。教師を目指す人であれば、こちらへ進むことも一手です。ただし教員免許は教育学部ではなくとも、教員養成のための講義が設定されている大学であれば、人文系学部でも取得可能です。教師になるならば教育学部に進学する必要がある、というわけではありません。もっとも現在は教員養成課程の改革の動きがありますので、真剣に教師への道を考えている人は注意が必要です。この辺について詳しく知りたいならば、高校の先生に相談してみてください。

2005.11.16

完全降伏?

どうしても書類を書くために必要になってしまったので、Word2003を購入。たけーなぁ。
ウインドウズ傘下に入ってもう10年になり、表作成やデータベースはすっかりMSの軍門に降っていたが、ワープロだけは頑なに一太郎で通してきた。もっとも当初は反MSというからではなく、日本語変換(IME)がMSはお話しにならないくらい貧弱だったという理由だったわけですが。むろん今もIMEはATOK。

それにしても、いつの間にか?巷ではWordでの書類作成が当たり前な風情になっているのに驚く。普通にdocファイルで送ってきて、「記入して返信してください」だもんなぁ。ワードパッドや一太郎でも読み込みはできるけど、この手はレイアウトにかなり手が入っているので、Word以外ではそれが崩れてしまって使えない。OpenOfficeも入れてみたのだが、やはりダメ。
昔に比べるとWordもかなり進化していることは認めるが、なんでそこまで画一的になるのかなぁ。長年使い慣れた身としては、一太郎の方がやはり安心するのだが。少なくとも両者併存にしてくれると助かるんですがねぇ。ワープロソフトを二つ持たないといけないってのはムダだし。かといって今更使い慣れないWordに乗り換える気など毛頭無いし。

2005.11.14

初めての史学会大会

というわけで、感想を。
最近また夜型になっているので、午後から行きました。
思ったよりこぢんまりしてるんですね。書籍展示(即売)を廊下でやっているとは思いませんでした(笑)。来ている出版社も予想より少なかった。

日曜の午後はシンポだったんですが、出席者が予想を上回ったようで、席の確保に困るほどの盛況ぶり。古代から近世までわりと大物な顔ぶれが揃っただけに、その辺が動員力を押し上げたんでしょうねぇ。
「王権」に関する議論だったわけですが、感想は…。うーん、こんなことをここで言うのはフェアじゃないような気がするけど、中世の報告はちょっとどうかなぁ、と。私にはああいう理論構築を行う事の必要性すらよくわかりませんでした。しかもその論旨も乱暴な印象。まぁ、私が不勉強だからなのでしょう。あと、討論で発言する人の話が少々長いのに面食らいました(笑)。

師匠がコメンテーターになっていたので、誘われて懇親会に同行する。正直言って(東大の)学外である私はかなり場違いな雰囲気を漂わせていて肩身が狭かったのですが(笑)、それなりにいろんな方とお話しすることができて、結果的には良かったです。その後地元で二次会、午前様。

2005.11.13

「新しい」古い話

最近は家にいてもあまりのんびりテレビを見ることはないのだが、夕食がてらテレビをつけると「世界一受けたい授業」(日テレ系)という番組で日本史の話をやっていたので見る。
誰が出ているのかな~と思ったが、K氏?ああ一般向けにいろいろ本を書いている人ね。ふーん、高校の先生だったんですね。
ま、それはともかく、全体的な感想としては、確かにウソは言ってないな、とは思いました。ただなんというか…、「よく知られた常識は古い」という事で“驚きの新事実”を話し、聞いた芸能人がびっくりする、ってよくあるコンセプトなわけですが、出してきたネタ自体も、やっぱ古いんですね~。高校の先生だからなのかどうかはわからないけど、最近の教科書を見せて「ほら、こんなに変わっている」という筋立てだったわけですが、そもそも教科書に書いてある事自体が、実は古いネタであることを示しているわけです。教科書の記述は通説として確定した事だけを慎重に選んで書き込むわけですから(一部かび臭くて間違いだらけの説教本もありますが(笑))、多くの研究者による検討を経てはじめて、通説として確定した経緯があるわけです。なので、教科書に書かれている話は、業界としてはおよそ10年くらい前の水準であると考えた方が良いです。(だいたい鎌倉幕府の成立年に関する話で「へ~」とか言ってた若いの。私が大学受験の時でさえ既に常識だったぞ(笑)。要するに学生時代に勉強さえもしてないのがバレバレ。)

例えば肖像画のモデルが通説とは違う…という話、最近結構もてはやされているようですが、業界で議論されていたのは10年以上前です。ちなみに「足利尊氏像」とされてきた肖像画、「執事」としか紹介されませんでしたが、高師直であるという説が有力です。

ただ蒙古襲来絵詞で蒙古兵と「てつはう」が後世に書き加えられたという話は、比較的新しい議論です(それでも10年近く前に出た話ですが)。しかしその解説が良くない。まぁ本筋じゃなかったから流したのかもしれませんが、鎌倉武士が一騎打ちに拘って苦戦したとか、「神風」によって勝ったという話は、ウソとまでは言いませんが、その「常識」も現在は疑わしいというのが主流です。そんな「武士像」は、大河ドラマでさえも今や採用していないと思いますが。あと、竹崎季長が「子孫に事績を伝えるために描かせた」というのは、ウソです(笑)。そんな事が教科書に書いているとすれば、ちょっと問題だなぁ。参考にこちらをどうぞ。

まぁ日本史に少しでも興味を持って貰うための啓蒙活動としてK氏の仕事は賞賛に価すると思いますが、やはりこの辺、もうちょっと研究者がしゃしゃり出るくらいの風潮になった方がいいような気がしますねぇ。もっとも研究者ってのは老若問わず優秀な人ほどマスコミに露出するのを嫌がりますから(笑)、意識改革をするのは難しいかもしれませんけど。あとはやっぱり話術でしょうねぇ。日本史の研究者はプレゼンテーション技術をさらに磨いていかないといけないように思います。もっともこれは自戒を込めて。

2005.11.12

学会納めやら

昨日は勉強会。今日は面白そうなシンポジウムがあって行きたかったんだけど、事情があって家を出られなかったので、残念ながら見送り。
で、明日は史学会大会。実は、私はまだ史学会大会には行ったことがないので、行ければ初となる。史学会が終わると年内は大規模な学会が無いので、今年最後の学会の雰囲気を愉しみたいと思います。

最近調査対象が北陸づいていることもあって、無性に行きたくなる。そういや北陸はもう10年近く行ってないなぁ。関西からだと特急一本で行けるからそんなに遠くないイメージなんだけど、関東だと、実際に幾重の山に隔てられているので、「日本の裏側」と思うくらい遠い。今くらいの季節はまだ天気も良いだろうし、蟹に鰤にと美味しいものも沢山出始める頃だし…。いろいろ想像を膨らませながら現実逃避(笑)。まぁ、来年行けたらいいなぁと思うことにしておきます。実際、現地踏査しないといけなさそうだし。

2005.11.09

忙殺気味

tojiin-yoshimitsu写真は等持院の足利義満木像です。さすがに恰幅があります。この木像、幕末に生前の天皇への不敬罪で斬首されたんですが(笑)、その跡を確認することはできませんでした。

このところちょこちょこと毎日用事が入っていて、なかなか落ち着ける時間がない。明日は貴重な休みなんで大事にしたいところだが、はてさて活用できるかどうか。やりたいことやらやるべきことはいろいろ頭にあるのだが…。
そんな中、ひとまずサマーセミナーでやった報告を基にした原稿を仕上げる。続いては、そろそろゼミ報告の準備に取りかからねばならない。史料はこれまでにあらかた集めてはいるものの、その分析は手つかず。どんな「発見」が得られるかと思うと、早く着手したいという思いもあるが、一方で報告にならんかったらどうしようかという不安も(笑)。

今谷明『戦国時代の貴族-『言継卿記』が描く京都』(学術文庫1535、講談社、2002年)購入。例のそしえてのシリーズの文庫化したもの。

先日書いたプリンタトラブル。以後も時々起きるんだけど、どうもiTunesが悪さしているのではないかという気がしてきた。なんでUSBのドライバに干渉するのかはよくわからんけど。

2005.11.06

一日中土地について考えた日

utsumi-uchida2写真は愛知県南知多町内海の一角、かつて廻船問屋が建ち並んでいた界隈です。近世後期から近代にかけて廻船で財を成した内田佐七家の屋敷があります。近くに源義朝最期の地と伝わる野間大坊もありますが、そちらはまだ行けず。

昨日は合評会。やはり司会のお鉢が回ってくる。ボロがなるべく出ないようにとかなり緊張したんだけど、「随分リラックスしてたね」との評。どうも太々しい司会ぶりに見えたようです(笑)。
いい緊張感を持って研究会に臨めましたが、進行の段取りをずっと考えながらだったので、討論の内容は実はあまり頭に入りませんでした(笑)。ほんとこんなんでよく持ったもんだ…。
終了後の飲みは一次会で辞去し、地元に戻って一緒に司会やった大学の知人と「反省会」。…と称して深酒(笑)。その後他のメンバーも合流して、結局4時まで。さすがに眠くなったのでそこでリタイア。最近、アルコールの許容量に達する前に眠気が襲ってくるようになってきた。それが良いのか悪いのか。

2005.11.05

予習のために

024876810000昨日は一日かけて渡辺尚志・長谷川裕子編『中世・近世土地所有史の再構築』(青木書店、2004年)を読んでいました。個人的には不得手な分野な上、歴史がある研究分野なだけに独特な専門用語がかなり多く、結構苦労しました。まさに今日この本の合評会があるので(まさか司会ってことは…?)、その予習というわけです。

個人的な感想としては、村に住む富裕層(有徳人[うとくにん]・土豪)が百姓の資金融通を行っていたという行為や、組織としての村(惣)が土地の所有確認(安堵)を行っていたという事例を、人々の生命維持のために機能したという「村の成り立ち」の論理に一般化される事の是非に関して議論になるのかなぁという気がしていますが、その辺当日の議論を楽しみにしたいと思います。多分当事者にはならんから、気楽なもんです(笑)。懸念は遅刻しないかどうかのみ。

2005.11.03

N大学の話をしましょうか

森博嗣『大学の話をしましょうか-最高学府のデバイスとポテンシャル』(新書ラクレ195、中央公論新社、2005年)読了。著者の知名度もあってか、売れてるみたいですね。なかなか本屋でも見付からず苦労して入手しました。

当然ながら私は教員の経験がないので、教員の実態についてはへぇと思いながら読んでいましたが、いくつか私の経験にも思い当たる所があったりして、「まったくだ」と相槌を打つ箇所も多かったです。著者の中では結構重大問題だったことが窺える組織改編(=「建築」が消える)の真っ最中に、私自身N大学に在籍していたし。文学部からは、日本史のお隣に研究室があった地理が確かこの研究科に移るってことで、てんてこ舞いのようでした。傍目から見ると、その改変にどんな意味があるのかもう一つよくわからんかったけど、斜陽な文学部にあってなんかバブリーな雰囲気が漂っていたんで、随分予算が付いたんでしょうねぇ。

ただしまぁ、知ってはいたけど、修士課程への考え方がやはり文系と理系では大きく違いますね。確かに理系は修士を出た方がむしろキャリアアップ手段として社会的(というか、会社的)にかなり認知されていますけど、文系はまったく逆(それでも博士よりはまだましですが)。

著者は大学をやめたそうで、それでしがらみから解放されたんでしょうねぇ。かなり言いにくいことも言っているので、いくつか同意できない箇所もあったけど、結構爽快でした。
そういえばこの本にも掲載された、同窓会誌が手許にありました。でも会費払ったことがないんだが(笑)。著者は在籍の教員・学生に配布として「1万人近いのでは」と書いていますが、OBにも配っているので、それが関東在住だけで約15000人だそうですから、実際は10万人を越えるのではないでしょうか。ヘタな雑誌よりも読者は多いです(笑)。

2005.11.02

月二度目の京都 後編

tojiin-takauji等持院の足利尊氏木像です。等持院に関するお話はまたの機会に。
さて翌日曜。古文書学会の会場に10時頃着。既に始まっていたので、途中から拝聴。質疑を入れて一人頭30分しか報告時間がないので、いずれの報告もやや駆け足気味。私はといえば、すべての報告を聞き続けると集中力が持たないので、適当に休憩を入れていたりしました。
困ったのが昼食。キャンパス内は日曜なので当然休みなのだが、大学の外に出ても周囲には飲食店が見あたらず。しょうがないので上賀茂神社までバスで出て、真っ先に目に入ったのがまたもや天下一品。さすがに少し飽きてきた。でも今回で唯一食べた京都らしいものだったような(笑)。

勉強になった報告が多かったが、一部「?」というようなものも。まぁその辺鷹揚な所がこの研究会の良さなのかなぁ。私は初めて行ったんですが、他の研究会とは違った独特の雰囲気を感じました。年齢層も高めだったし。ある方の報告でつい質問に立ったが、質問の仕方がまずかったなぁ…。報告者の方には申し訳ないことをしました。
最後まで居ると帰宅が遅くなるので、午後4時半頃に中座。京都駅に直行するも、着いたのは5時半過ぎ。ちと今回の会場は遠かったな…。京都の大学は京都駅から離れている所が多いんだけど(まぁ京都駅そのものが街の外れという所もあるが)、中でも京産大は一番遠い部類なので、遠方からの参加者には少し辛かったです。

さて帰りの新幹線は、「数字の大きい号数を選べ」の私の法則に従い、300番台ののぞみを選ぶと、狙い通りガラガラ(車両は300系だったが…)。日曜夕方であれだけ空いていたのは有り難い。お陰で東京までゆったりできました。しかし中央線が人身事故で遅れているというおまけがついていたけど(笑)。遠征帰りに遭遇すると疲れとイライラが倍増。

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