須磨寺
棚上げになっていた、先日帰省したおりに廻った須磨の史跡です。
最初は須磨寺。正式名称は福祥寺と言います。寺伝では仁和2年(886)建立。今の伽藍は慶長7年(1602)に豊臣秀頼によって再興された時のものが中心となっています。実際には片桐且元が復興に携わったようで、彼の手による扁額が展示されていました。
ちょっと見にくいですが、奥の建物が慶長7年築の本堂。その中にある「宮殿」(重要文化財)は応安元年(1368)築だそうです。
境内にある「源平の庭」。平敦盛と熊谷直実の銅像です。去年の大河ではスルーされた(笑)、一ノ谷合戦の見せ場を再現したもの。平敦盛はこの須磨寺で首を葬られたと言われております。
こちらは山陽電車須磨寺駅前にある「平重衡とらわれの松」跡。一ノ谷合戦の主戦場である生田森で平家軍を率いた平重衡が、敗走した後「西須磨」で捕らえられたと『平家物語』にあるそうですが、それがここだと言われております。昔は大きな松が生えていたそうですが…。
私が言うのもなんですが、源平関連はどこまで信じて良いのやら、少し悩むところですね(笑)。次回はさらにアヤしい史跡ばかりなのがどうも…。
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