初めての常陸(2) 鹿島城跡
鹿嶋市の鹿島城跡です。といっても写真ではただの原っぱにしか見えませんが(笑)。
常陸平氏大掾氏の一族で、この地域の地頭となった鹿島氏の居城です。同時に南北朝期には鹿島神宮の惣大行事職になっているそうです。
写真は本丸跡。かなり広大です。大永3年(1523)に鹿島義幹が拡張したとか。この下にも広大な二の丸・三の丸があったようですが、現在は宅地化しています。
ここの外堀は圧巻だったのですが、しょぼいカメラだと全然雰囲気が掴めません…。こことかに雰囲気のわかる写真が掲載されています。

城から西を見た景色。見えているのは北浦で、手前側の橋のたもとが、中世では大きな湊であった大船津です。
城跡の近く(二の丸跡?)にある護国院の板碑。関東ではよく板碑が見られますが、常陸では珍しいそうです。
ちなみに鹿島氏は、例の佐竹義宣の陰謀によって当主が暗殺され、天正19年(1591)に一旦滅亡しました。ただ庶子の系統が残り、近世においても鹿島神宮の惣行事職が継承されたそうです。城の麓にある根本寺に、今も鹿島氏の墓があります。余談ながら、剣豪として知られる塚原卜伝(高幹)は鹿島神宮の神官の家の生まれで、鹿島氏の一族塚原氏を継いだそうです。
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