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2006.09.18

北加賀をあるく(6) 本泉寺

Honsenji06Honsenji05金沢市の山間部・二俣町にある本泉寺です。創建年代は諸説ありますが、本願寺五世・綽如が明徳元年(1390)に当地に逗留したことにより草庵が建ち、15世紀半ばに六世・巧如の子である如乗が寺院として建立したとも言われています。早くから加賀における本願寺教団の拠点寺院として発展しており、宝徳元年(1449)からは蓮如が三年間住んだともされています。
15世紀後半には蓮如の子・蓮悟が本泉寺に入り、教線を拡大。蓮悟は加賀の各地に坊舎を建立しますが、蓮悟自身も若松(現金沢市若松。金沢大学の麓)に移住しており、この地が「若松本泉寺」と呼ばれる一方、ここの本泉寺は「二俣本泉寺」と呼ばれるようになりました。
若松本泉寺が一向一揆の中枢を担ったことはよく知られており、波佐谷松岡寺(現小松市)とともに「両御山」と言われたり、さらに山田光教寺(現加賀市)を加えて「賀州三ヶ寺」とも呼ばれます。蓮悟は長らく一向一揆を主導しましたが、享禄の錯乱によって本願寺方の超勝寺と対立し、敗れて享禄4年(1531)に若松本泉寺は焼亡。蓮悟は各地を流浪した末、天文12年(1543)に堺で死去しました。

以後本泉寺は本願寺との関係を持ちながらも、二俣のいち寺院としてひっそりとした歴史を送ったようです。なお若松本泉寺の系譜は、大阪府四條畷市にある本泉寺に受け継がれています。
Honsenji02Honsenji04写真左は境内の庭(わかりにくいですが)。蓮如が作庭したと伝えられており、県名勝に指定されています。写真右は境内の蓮如堂です。

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