北加賀をあるく(7) 金沢城

最後は金沢城です。ちゃんと整備されてからは初めて来たので、中に入ったのももちろん初めてです。左はおなじみ石川門(重要文化財)。右は、二の丸に復元された五十間長屋。
戦国期にはこの地には本願寺教団の御坊(金沢御堂。尾山御坊とも)があったことが知られていますが、天正8年(1580)に佐久間盛政が一向一揆討伐後に城を築き、天正11年(1583)に前田利家が入りました。近代には陸軍が駐屯し、戦後は金沢大学のキャンパスとなっていましたが、最近になってやっと史跡公園として整備されています。

こちらは三十間長屋(重要文化財)。近世建築で残っているのは石川門とこの長屋だけです。石川門は天明8年(1788)、三十間長屋は安政5年(1858)築。ちなみにその右の写真は、三十間長屋の石垣。繋ぐ部分だけ削って積んでいます。かなり珍しい積み方だそうです。
本丸では発掘調査がされていて、丁度現地説明会もされていました。天守閣は慶長年間のごくわずかな時期に存在していましたが、その後は再建されることもなく、本丸には御殿が建っていたそうです。この石垣は天守閣のものではなく、17世紀頃の御殿のものだとか。天守閣の石垣はまだ発見されていないそうです。
御殿の石垣が地中から出るのは不思議で、説明によると、周囲に盛土をして埋めた可能性が高いとのことでした。うろ覚えの記憶では、その時期ははっきりしないとか。推定では、近代に邪魔なので陸軍が埋めちゃったんじゃないかという話だったような。この辺記憶違いかもしれないので、あてにしないでください。
これで北加賀シリーズは終了です。あとは能登のものを少しばかり。
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