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2006年11月

2006.11.30

神、仏、祈り、とかに触れた日

Oji4今どたばたしていますが、忘れないうちに。
今週末で特別展の会期が終わってしまうってことで、飛鳥山博物館と東博へあわてて行ってきました。
まずは王子にある飛鳥山博物館の「遠くと近くの熊野 中世熊野と北区展」へ。こぢんまりとしていましたが、中世文書(旦那売券など)も展示されていたり、豊島氏の系図もあったりで、結構充実していたと思います。和歌山県博で見たのと同じような曼荼羅もあったりして、熊野社についてお手軽に学べます。
博物館による案内にも書いてありましたが、豊島氏が紀伊国守護になったことは今まで知らなかったので、なるほどねぇ、と思ったり。

その豊島氏が勧請した神社の一つが、写真の王子神社だそうです。北区役所の目の前にありました。戦国期には「王子社」とか「若一王子権現」などと言われているようで、後北条氏から制札を受けたり、神社を差配する別当坊が古河公方とも交流を持っている神社だったとか。
以上の史料が、『北区史』古代中世資料編1・2(東京都北区、1994・95年)に入っています。私も折角なので購入。

その後東博の「仏像」展も無事観覧しました。古代の仏像が勢揃いといった風情。厳格に時代区分を重視するというより、仏像の制作手法に注目した分類は、いち「歴史屋」にとってはかえって新鮮でした。

ただちょっと不満もあったり。音声ガイドにはあったのかもしれませんが、その仏像がどのような趣意をもって制作されたのか、とか、誰がどのようにして今に伝えたかというのが知りたいわけです。しかし、仏像や所蔵寺院の歴史などについては、ほとんど説明がカットされていたのは、いち「歴史屋」としてはやっぱり物足りないところです(まぁ無い物ねだりでしょうけど)。
東博は全体的にあまりくどくど説明をしないコンセプトのように感じるのですが、個人的な願望としては、もうちょっと説明が欲しいです。東博に行くといつもその物足りなさ感が残ってしまうもんで。

もう一つは、まぁこれこそ駄々ですが、中世の仏像がほとんど無かったのはちょっと気になるところ。歴史的には、仏教が最も興隆したのが中世であったのは疑いのないところで、仏像の美術的達成段階とは一致しないとしても、平安期からいきなり江戸時代に飛んだのはちょっと解せないところでした。まぁ、私は円空や木喰についてよく知らないだけに、そこらへんの思い入れがあんまり無いから感じたのかもしれませんが。

2006.11.27

キワモノ化する際物

週末の某研究会参加のみなさん、おつかれさまでした。

師走はまだなのに、研究会とか自分の報告準備とかで、ただいま多忙期間中。
東博の「仏像」展が今週末までか…。はじめは行くつもりはあまり無かったんですが、かなり評判が良いようですので、行ってみたくなったんですが、どうしようかなぁ。
さらに、北区の飛鳥山博物館でやっている、熊野絡みの特別展も今週末までなんですねぇ。

ヒマなことだけが浮き草生活の取り柄なのに、悩ましいことです。
それにしても、街中へ出るとなんかもうクリスマスになったかのような気にさせられかねないんですが。商売的にはわからんでもないですが、今年はなんだか11月上旬から始めているところもあったようで、いくらなんでもせわしなさすぎ。際物イベントを際限なく前倒しする傾向には、多少歯止めをかけるべきではなかろうかと思いますがねぇ。
なお、別にクリスマスが憎くて言っているわけではありません(笑)。

2006.11.23

「せどり」なるもの

アマゾンでいろいろ本を探していたりすると、品切れになっていないにもかかわらず、あえて定価より割高で古書を出品している業者(人?)が最近目に付きます。なんか、そこは「在庫管理」に不備があるようで、出品しているにもかかわらず、注文後「在庫切れ」で一方的にキャンセルとなり、しばしばトラブルになっている模様。
これはどういうことなんだろ?とちょっと不思議に思ったのでネットであれこれ調べてみたんですが、どうも「せどり」なるものが絡んでいるみたいですね。

「せどり(競取・糶取)」とは、辞書を引くと「同業者の間に立ち、売買の仲介をして口銭を得ること。また、それを業とする人」(『国語大辞典』)とあります。いささか耳慣れない言葉ですが、要するに個人的な利殖を目的に、古書などを転売する行為のようです。私は全然知らなかったんですが、密かにはやっているみたいですね。そういや以前、ミクシイで知り合った主婦がグループでビジネスに乗り出すというような特集をテレビでやっていたのを見た記憶がありますが、その「ビジネス」がこれだったような気がします。

具体的には、適当な破格値を付ける実在の古書店で安く古本を買い付け、それをネットで売り捌くという単純なシステムなわけです。当然ながら失敗すれば大量の在庫を抱え、損失も出るわけですが、ネット上では指南するサイトも結構あったりします。そこではしっかり、「ブックオフで仕入れろ」って書いてあったりします(笑)。
とはいえ売れる本を選ばないと仕方がないわけで、「どの本が儲かるか」の目利きが必要。たいていのノウハウ指南サイトでは、最初は「タダで教えます」って書いてあるのに、ここで本性を現して「これさえあれば絶対儲かる」とアヤしげな商品を出してくるわけですが(笑)。

それはともかく。
転売の出品場所としては、ヤフーオークションとアマゾンとあるわけですが、「アマゾンの方が確実」だということになっているようです。これは出品の手間(写真不要)と決済手段の関係(前もってのクレジット決済)で、アマゾンの方が手間がかからないし確実、とまぁそういうわけです。

個人的な副業として、時間的余裕があればわりと手軽に参入できるのがうけている原因のようですが、とはいえ目利きに失敗するリスクはかなり高い。じゃぁ、そもそも在庫を抱えるというステップを省く得策はないか…と考えるに至ることになります。
ここで、最初に触れた話の実像が見えてくるわけです。推測ではありますが、「せどり」をやっているであろうこの出品者は、実は手許に持っていないにもかかわらず定価以上で値を付けて、注文があったら実際に書店へ行くなりして定価で本を買っているものと考えられます。実際に本を買いに行って手に入ったらいいんですが、なかなか手に入らなかったりして発送が遅れたりするし、ひどい時には買えなかった場合、「在庫切れ」でキャンセルしているのでしょう。

実際に古書店に行って品定めする余裕もない人が多いでしょうから、代理で入手するという意味での転売はまぁあっていいかもしれません。しかし全くモラルの欠けた、前述のような行為はやはり気持ちのいいものではない。今のところは、事前に版元で品切れになっていないかどうかチェックしたり(アマゾンで在庫切れでも版元で品切れというわけではない)、評価を確認するなどして自己防衛するほかないわけですので、皆さんもお気を付けください。時々とんでもない価格の付いてる本があったりして、どういうこっちゃと思ったんですが、こういうカラクリだったわけですねぇ…。なんかいろいろ私の中で疑問が氷解していきました。

長年、流通における中間マージンが克服対象となっていた経済動向にある中で、個人単位の利殖行為ではその中間マージンを目当てに入り込んでくる志向性を持つというのは、なかなか滑稽な現象ではありますねえ。
でもまあ商売の持つ人と人との関係にはまったく考えが及んでなくて、ただ「金儲け」の手段としか見えてない人が少なくないようであるのは、なんとも浅ましい話です。そういう人はきっと失敗すると思いますが(というか、思いたい)。

あっ、ちなみに、当初はグレーゾーンだったようですが、「せどり」には古物商許可が必要であるという見解に傾いているようです。取引相手がちょっとアヤしげかな?と思った場合は、ちゃんと許可を得ているかどうか確認するといいかもしれません。というか、した方がいいでしょう。

2006.11.21

大名発給文書をめくりつつ

幸いにやりたいと思う事はいろいろ思い浮かぶものの、実際に着手するエネルギーがどうも足りない…。
これではいかんと、一念発起して史料めくりをしつつパソコンへの打ち込みなんかをやっていたら、こんな時間(午前2時)。朝型生活はどうしてこんなに難しいのでしょう(笑)。

ご同業の皆さんも経験されておられると思うのですが、史料の打ち込みというのは時間がかかるし疲れる。OCRの性能もさすがにだいぶ上がってはいるんでしょうけど、史料の解読はまだまだ難しいと思うわけで、当然ながら全部手作業。しかもめくっている某史料集は所々翻刻が「?」なところがあって、いろいろ確認しながら読みながらなのでもたついています(活字なだけかなりましですが)。まぁでも、こういう地道な作業が将来生きてくると信じてやるしかありませんねぇ。

ところで直接の関心からは逸れるんですが(と、一応強調(笑))、16世紀後半になってくると、大名は平気で「年貢納めなかったら頸を斬ってしまうぞ」って文書に書いたりするんですねぇ。15世紀以前では、少なくとも文書にこんな文言を書くことは滅多に無かったと思うんですが。実態は別にして、文書で明言できるようになるというのは、権力の強大化と見て良いだろうと思うのですが、それほどの権力がどのようにして獲得されていったのかは、なかなか興味深いところです。もちろん先行研究はありそうなんですが、どれを読めばいいのかすら、不勉強なのでどうにも…。ともかくも、やっぱり戦国時代に生きるのはまっぴら御免だな…とつくづく思う次第です(笑)。
参考文献はこのあたり↓かな?ということで、またまたメモ。

戦国大名の権力構造戦国大名の権力構造
藤木 久志


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戦国大名と公儀戦国大名と公儀
久保 健一郎


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2006.11.18

教育基本法の件

もちろん関心が無かったわけではないんですが、表立っては触れずにきました。ここで個人的な見解を述べることはもちろん自由なんですが、巷間にあふれている賛否両論に対して、あんまり気の利いたことは言えないしなあ…で。
ただし、かなり熱心に「改正」(というか実態は「現行法廃止・新法制定」)を目指す自民党の目的はどこにあるんだろう…?というのは少し気になってはいたので、自民党のホームページにある一節を読んでみました(以下引用箇所は斜体字)。

(基本法改正は自民党結党以来の悲願)
(制定以来改正なし 社会状況や教育環境が大きく変化)

賛否はともかく、この2点については、主張として明快だと思います。

(教育全般に様々な問題)
3. また、近年、子どものモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下など教育全般に様々な問題が指摘されており、若者の雇用問題も深刻化しています。

前2点は、私は教育現場にコミットしていないので正確なことはわかりませんが、実態としてはそうかもしれません。
ただ、最後の「若者の雇用問題も深刻化」というのは、なんか唐突な気がするんですが…。ここはいわゆる「ニート」とか「フリーター」の問題を念頭に置いておられるのでしょうか。でも、それって具体的に現行教育のどの点に問題があるのでしょう…?

(「公」軽視の戦後教育)
4. 更に、戦後社会や教育現場においては、個性の尊重や個人の自由が強調される一方、規律や責任、他人との協調、社会への貢献など基本的な道徳観念や「公共の精神」が、ややもすれば軽んじられてきました。
 その結果、ライブドアの決算粉飾事件や耐震偽装建築問題に代表される拝金主義やルール無視の自己中心主義が、日本社会や日本人の意識の中に根深くはびこり、日本の将来を危うくする事態に陥っています。特に人口減少社会の進行、アジア諸国の台頭・発展などを鑑みれば、こうした問題に一刻も早く手を打つことが、我が国の存立のための喫緊の課題といえます。

ここは難解で、詰まりました。現状認識としての、「「公共の精神」が、ややもすれば軽んじられてき」たことは、まあそうだということにしましょう。ただ「その結果」として続く具体例が、「日本社会や日本人の意識の中に根深くはびこり、日本の将来を危うくする事態に陥ってい」るというのは、読解力に欠けるのでしょうか、私には全然因果関係がわからん。
21世紀に差し掛かる頃、グローバリゼーションが叫ばれて世界的な資本主義市場が形成されるという社会認識にあったはずで(というか、今もそうでしょう)、それに即応した世界戦略として、むしろ政府主導の形でこのような「世界標準」としての自由主義志向が奨励されていたように思うのですが。その理解が間違っていなければ、政権党である自民党さんはその戦略が誤りであったとお認めになるということなのでしょうか…?
そもそもホリエモンやアネハさんやオジマさんに代表されるという「拝金主義」や「ルール無視の自己中心主義」が現代「日本人」の典型例だとすれば、「おいおいそれはどうよ」と言いたくなるんですが…(「株で一儲けしたい」などとのたまう小学生をもてはやしていた一時の風潮を見ると、この反論は少し自信を失うところですが(笑))。私には危機感足りませんかねえ?
しかもその後に続く社会的課題の対策として、どれだけ教育基本法が寄与するのかが、私には全然わからんです。わかる人、教えてくださいませんでしょうか。

確かに60年も経てば時代環境も変わっているわけだし、実情に合わせた変更をすることは必要である、というのはわかります。ただ、各論になるとどうも飛躍が見られるのは気のせいでしょうか。自民党を支持していないからわからないんだ、というのではなく(笑)、その辺もうちょっとわかりやすく諭していただければと思うんですがね…。(あと、全体的に日教組攻撃の論調が主題と言わんばかりに頻出しているのは、単に日教組を潰したいだけの「改正」と誤解してしまうので、お節介ながら印象としてあまり良くないと思います。)

ついでながら、特に重視されている「わが国の伝統や文化」が具体的に何を指すのかが、やはり重要に思うわけです。今後「伝統」や「文化」として教育現場で推進されるものが、実は「伝統」でも「文化」でもなかったら困りますからねぇ。まぁこれについては個々の考え方の違いももちろんありますから、あんまり厳密にあれがどうとか議論しても詮無いことかもしれません。しかしそうであれば尚更、一字一句の厳密性が要求される法律論議にそのような曖昧な論点を持ち出すのもどうかと思うわけですが、いかがなもんでしょ。

<追記>
そういやこれ↓まだちゃんと読んだことないな…ってことで、自分用メモ。

創られた伝統創られた伝統
エリック ホブズボウム テレンス レンジャー


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2006.11.17

服部半蔵の実像と移行期像

橋場日月『服部半蔵と影の一族』(M文庫、学習研究社、2006年)読了。遅くなってすみません…。
今は忍者の象徴のような存在としてイメージされる服部半蔵正成の生涯を、当時の時代変化の中に位置づけて描かれています。叙述の主な典拠は軍記物が多いですが、決してその記述に盲従することなく、極めて禁欲的に、それでいてダイナミックに書かれていて、物書きの端くれとして勉強になりました。
個人的にハイライトと受け取ったのは、徳川家康の長子・信康の失脚にまつわるお話でしょうか。従来の信康像を批判する形で、当時の徳川家中の抱える問題から読み解かれているところは、興味深かったです。あとは、とかく研究がほとんど進んでいないために、実像が掴みにくい伊賀の国一揆に迫った一節は読み応えがあります。

ただ意外に感じたのですが、正成については晩年になってもあまり史料が残っていないのでしょうか。家康の関東転封以後については大きな活躍の機会もなかったためか、非常に寂しい晩年であったような感覚になりました。海賊衆もそうですが、戦乱状況の克服という過程は、戦場のスペシャリスト的な存在が淘汰されてゆく過程でもあるのでしょう。
本書全体にわたって、当時の全体的な歴史的変遷が丹念に追われていて、背景が非常に理解しやすかったです。ただ、様々な歴史的事件に対して一言物申したいという熱意がかなり前面に出ているように感じまして(笑)、そのためかどうかはわかりませんが、分量的に服部氏そのものに対する叙述がやや控えめになっている感じがしました。
余談ですが、正成の子の正就が久松定俊(俊勝)の子・松平定勝の預かりになったり、子孫が伊予今治藩の家臣になったりと、服部一族は久松松平家とわりと緊密な関係を築いたようですね。これもやはり信康の絡みだったのでしょうか。正成が信康供養のために建立し、菩提寺ともなった西念寺については、私は知りませんでした。ネットで調べると、こことかここあたりが詳しいです。

閑話休題。
服部氏の当時における社会的位置(身分)がどこにあるのかについては、今後厳密な検証が必要なのかもしれません。本書では国人領主(国衆)の一族という位置づけでしたが、改易されたとはいえ大身の旗本となり、その後も武士の家として存続する「身分」について、それが元々彼らが保持していた身分であったのか、戦国期の活躍によって「獲得」されたものか。近年の研究では、身分の問題はあまり重視されなくなってはいます。とはいえ、足軽を構成するような、どちらかといえば下層に位置付く人々の動向を中近世移行期という時代情況に照らして考える時、この視点は等閑にはできないかな、と思います。しかしそれはあくまで研究面での課題であり、本書への批判ではないのですが。

服部半蔵と影の一族服部半蔵と影の一族
橋場 日月


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2006.11.16

秋深く、変哲のない日々

読みたい本がどんどんたまってゆくものの、ちっとも消化できない…。
ぐうたらなのはまあ置くとして、報告準備等々がある上に、珍しくやる気が出てきて史料めくりをやってるため、いきおい読書へ割く時間がいつもに増して減っている、というのが現状。

でも史料めくりをするのが本分だという感覚があるので、成果が無くても(笑)なんか作業をしていると安心したりします。そんなことで安心していてはいけないんですが。取り組んでみたいネタが2,3程頭の中にあり、その作業の一環。なんとか形にできればいいんですけれども…。

ようやくにして冬が近づいてきた感。今シーズンこそアンコウ鍋食いたい…。本気でツアーを企画しようかと思う今日このごろ。

2006.11.12

白河結城氏シンポ

Shirakawaシンポで白河へ。白河結城氏の関連文書を対象とした科研調査の一環として開催されたそうです。室町から戦国にかけての武家文書が分散しつつもかなり大量に残っている珍しい一族だということでした。文書が分散していたためか、研究もあまり進んでいないようなので、これを機に活発になればいいですね。楽しく拝聴。ところで、「白河」と「白川」はどっちを用いるのがお約束なんでしょうか…? 文書もレジュメもその辺あんまり統一性がなかったので、気になりました(って、どうでもいいほど細かい話ですが)。

シンポに行く前に、会場の近くにあるラーメン屋で昼食。白河といえばラーメン、としか浮かばなかったのでまさに渡りに船だったわけですが…。普通の醤油ラーメンを頼んだところ、恐ろしく醤油が濃くて正直微妙…(麺は白河らしい縮れ麺でした)。つけめん食ってるみたいでした。店の売りは味噌ラーメンだったようなので、そっちの方が良かったかもなぁ、と。もっとも、味噌ラーメンは他の人が頼んでいるのを見ると、これでもかっていうほどニンニクが載ってましたが。まぁそれもどうかなと思ったんで、どっちもどっちだったかも。

せっかくだから飲んで帰るのもいいかもなぁ…なんて思っていたんですが、予想通り?新白河駅にはなんにもなかったので、さっさと帰ってきてしまいました(笑)。つっても、白河駅前も微妙だったしなぁ…。
なお、写真は白河駅。なかなか趣のある駅舎でした。駅の向こう側に立派な白河城(中世は小峰城)がそびえているんですが、今の市街地は線路を挟んで反対側(駅舎側)に広がっていたのがちょっと奇妙でした。近代になって駅が反対側にできたせいなんでしょうかね。とはいえ今の市街地も、商店は見られるんですが、寂しい感じ。今の地方都市はどこもこんな感じなんでしょうねぇ。なお、土産は『白河市史』資料編古代・中世。

余談ながら、白河といえば久松松平家が誇る松平定信(養子ですが)。でも町ぐるみで顕彰している雰囲気はなかった感じ。まぁそんなもんか。やっぱり人気ないのかねぇ、このひと。

2006.11.09

感謝と陳謝

ご紹介が遅くなりましたが、最近拝領した書籍2冊。
橋場日月『服部半蔵と影の一族』(M文庫、学習研究社、2006年)。内容は一般向けですが、忍者のイメージが先行していて、実像についてはわかっているようでわかっていない服部氏一族を掘り下げておられます。史料的に難しいためなかなか専門的厳密性が求められる場では追究しづらいだけに、それに囚われないで新しい視点を提供されていてためになります。あまり内容に踏み込むとネタバレになってしまいますが(笑)、個人的には、平時における足軽の活動を考える上で参考になっています。
もう一冊は、本多博之『戦国織豊期の貨幣と石高制』(吉川弘文館、2006年)。こちらはもろに私の専門と被るので、なんとしても買うつもりでおりましたが、ご恵贈ありがとうございました。内容に対する感想などは、いずれどこかでということで、ご勘弁いただきたく…。何らかの形で、必ずご恩に報いたいと思います。

最近ただでさえ少ない読書量がますます減っていて、どちらもまだ読破しておりません。怠慢の極みで申し訳ありません。

戦国織豊期の貨幣と石高制戦国織豊期の貨幣と石高制
本多 博之


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2006.11.06

古本まつり@所沢

お誘いを受けて所沢駅前でやってる「彩の国古本まつり」へ。初めて行ったんですが、結構規模が大きくてびっくりしました。正直、高田馬場でやってるぐらいの規模を想像してたんですが。

数はいっぱい出ていたんですが、お目当てとなると、もう一つだったかなという感じ。それなりにはあったけど、地域史関係が規模に比べると少なかった。もう持って行かれた後だった可能性もあるけど。
というわけで、入手本はあんまり地域性無し。

『岩波講座日本歴史』6・中世2(岩波書店、1975年)
『岩波講座日本歴史』9・近世1(岩波書店、1975年)
『岩波講座日本通史』7・中世1(岩波書店、1993年)
『岩波講座日本通史』11・近世1(岩波書店、1993年)
増川宏一『賭博の日本史』(選書129、平凡社、1989年)
『大田区の古文書(中世編)』(大田区の文化財第4集、大田区教育委員会、1968年)

一番の掘り出し物は最後のやつかなあ。写真もあってなかなかよさげ。
結局、買った本は全部都内から出店してるところのものでした(笑)。その後飲み過ぎてしまい、翌日は一日棒に振ってしまうことに…。

2006.11.03

概念図

時々本やレジュメなどに載っていたりする概念図。ヤフーの辞書を引いてみると、「物事を説明する際に、話のあらましや事物の関係がわかるように描いた簡便な図」とのことです。
つまり言葉で説明するとイメージが描きにくいような込み入った話の時に、○や□や―なんかを駆使してわかりやすく図式化したもの…というわけですね。例えば、数学で「集合」の時によく使ってたあれです(憶えてない人の方が多い?)。

いや、何が言いたいかというと…。私も報告レジュメを作っていて、試しに概念図なんか作ってみよう。なんかかっこいいし。と思ってワードと格闘してたら、目が疲れちゃいました(笑)。慣れてないからなんでしょうかねぇ。どうもパソコンで図を描くのがいつまで経っても苦手でして。この辺も、絵を描く才能が影響したりするんでしょうか(ちなみに私はまったく絵がダメ)。

一応出来たことは出来たんですが…。あんまりかっこよくないなぁ。かえって「概念化がヘタクソです」って宣言してるようなものかも(笑)。というわけで、結局は羊頭狗肉を強くアピールする素材にしかならなかったってことで…。時々かっこよくてわかりやすい概念図をパソコンで描いてこられる方がいらっしゃいますけど、なんかコツがあるんでしょうか? それともやっぱり持って生まれた才能の為せる技なんでしょうか…。

2006.11.01

古本まつり戦利品

月曜にかけつけた神保町の古本まつりで、がっちり仕入れてきました。でももう土日を挟んだ後だったので、目玉はあらかた持って行かれたかなぁ、という感じで。歴史系の本は比較的少ない気がしました。まぁあんまり有りすぎても目移りするから、丁度良かったかもしれません。

以下戦利品。
仲村研『中世惣村史の研究-近江国得珍保今堀郷』(法政大学出版局、1984年)買ったのは2刷(1996年)
黒田弘子『ミミヲキリ ハナヲソギ-片仮名書百姓申状論-』(中世史研究叢書、吉川弘文館、1995年)
神田千里『一向一揆と真宗信仰』(中世史研究叢書、吉川弘文館、1991年)
神田千里『信長と石山合戦-中世の信仰と一揆』(吉川弘文館、1995年)
下村信博『戦国・織豊期の徳政』(中世史研究叢書、吉川弘文館、1996年)
坂田聡・榎原雅治・稲葉継陽『日本の中世12・村の戦争と平和』(中央公論新社、2002年)
近藤成一編『日本の時代史9・モンゴルの襲来』(吉川弘文館、2003年)
黒田日出男『境界の中世 象徴の中世』(東京大学出版会、1986年)買ったのは2刷(1986年)
河音能平『中世封建社会の首都と農村』(東京大学出版会、1984年)
土井忠夫ほか編訳『邦訳日葡辞書』(岩波書店、1980年)

索引付の方ではありませんが、『日葡辞書』が買えたのは思わぬ収穫。8500円は安い(はず)。

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