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2006.11.17

服部半蔵の実像と移行期像

橋場日月『服部半蔵と影の一族』(M文庫、学習研究社、2006年)読了。遅くなってすみません…。
今は忍者の象徴のような存在としてイメージされる服部半蔵正成の生涯を、当時の時代変化の中に位置づけて描かれています。叙述の主な典拠は軍記物が多いですが、決してその記述に盲従することなく、極めて禁欲的に、それでいてダイナミックに書かれていて、物書きの端くれとして勉強になりました。
個人的にハイライトと受け取ったのは、徳川家康の長子・信康の失脚にまつわるお話でしょうか。従来の信康像を批判する形で、当時の徳川家中の抱える問題から読み解かれているところは、興味深かったです。あとは、とかく研究がほとんど進んでいないために、実像が掴みにくい伊賀の国一揆に迫った一節は読み応えがあります。

ただ意外に感じたのですが、正成については晩年になってもあまり史料が残っていないのでしょうか。家康の関東転封以後については大きな活躍の機会もなかったためか、非常に寂しい晩年であったような感覚になりました。海賊衆もそうですが、戦乱状況の克服という過程は、戦場のスペシャリスト的な存在が淘汰されてゆく過程でもあるのでしょう。
本書全体にわたって、当時の全体的な歴史的変遷が丹念に追われていて、背景が非常に理解しやすかったです。ただ、様々な歴史的事件に対して一言物申したいという熱意がかなり前面に出ているように感じまして(笑)、そのためかどうかはわかりませんが、分量的に服部氏そのものに対する叙述がやや控えめになっている感じがしました。
余談ですが、正成の子の正就が久松定俊(俊勝)の子・松平定勝の預かりになったり、子孫が伊予今治藩の家臣になったりと、服部一族は久松松平家とわりと緊密な関係を築いたようですね。これもやはり信康の絡みだったのでしょうか。正成が信康供養のために建立し、菩提寺ともなった西念寺については、私は知りませんでした。ネットで調べると、こことかここあたりが詳しいです。

閑話休題。
服部氏の当時における社会的位置(身分)がどこにあるのかについては、今後厳密な検証が必要なのかもしれません。本書では国人領主(国衆)の一族という位置づけでしたが、改易されたとはいえ大身の旗本となり、その後も武士の家として存続する「身分」について、それが元々彼らが保持していた身分であったのか、戦国期の活躍によって「獲得」されたものか。近年の研究では、身分の問題はあまり重視されなくなってはいます。とはいえ、足軽を構成するような、どちらかといえば下層に位置付く人々の動向を中近世移行期という時代情況に照らして考える時、この視点は等閑にはできないかな、と思います。しかしそれはあくまで研究面での課題であり、本書への批判ではないのですが。

服部半蔵と影の一族服部半蔵と影の一族
橋場 日月


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