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2006年12月

2006.12.29

15世紀的状況?

社会の安定によるバブル絶頂→政治不安と世情不安で景気縮小→既得権者の財政悪化→構造改革→格差拡大(今ここ)→貧困層の暴動→政権上層へ拡大→内乱→地方の独立政権化

あくまでこじつけですが、今と似てる気がしてきました(笑)。

15世紀の日本は、足利義満の政治的卓越性と積極的な対外交易の推進で、まさにバブル絶頂と言って良い形で迎えました。しかし義満の死によって足利義持が政権を握ると、その個人的偏執性もあってか中国(明)と断交、関東とも険悪化。おおむねバブルの余韻に浸る治世でしたが、関東の内紛にも足を引っ張られて、徐々に退勢化。
そんな中、社会基盤であった荘園制が制度疲労で衰退期に入り、領主層の財政悪化。そこで取った切り札が「代官請負」。守護(およびその被官)のみならず、果ては商人にまで年貢徴収を請け負わせるようになる。まさに「民間にできることは民間に」(笑)。
基本的に当時の為政者は経済政策に無関心で、実質的には民間が好き放題にやっていた結果、15世紀半ば頃になると、有徳人と呼ばれた富裕層が増加する一方、貧困層の増加が徒党化を招き、頻繁に暴徒化してゆく。これは実質的には地域の小領主層(中間管理職?)が煽動しており、中央の派閥対立に乗じて上層を巻き込んで、結果的に内乱(応仁の乱)を招きました。その後は、中央政権の国家的統制力はほとんど喪失してしまい、各地で排他的な権力が乱立し、100年にわたって紛争を繰り返すことになります。

当時の歴史はもちろんこんなに単純なものではありませんが、おおまかな流れとしては、こんな感じかなぁ、と。現代の政治的状況にあえて似せてエピソードを選んだ向きもありますが(そういう意味で「こじつけ」)、安定的な経済状況からやや退勢的な状況になると、極端な保守層と極端な革新層(というか、革命主義)の二極分化になりがちなことは、わりと超時代的に見られることかもしれないなぁ…という気がします。となると、15世紀後半は、そのような状況が結果的に内乱を招来した格好に見えなくもない…。

もっとも、当時においては武力を使ってでも「自分の財産は自分で守る」(自力救済)のが当たり前で、人々の国家権力への依存度は相対的に低かった点で今とは違うわけですが、今の年金問題を見ると、着実に国家に対する不信感が拡大しているわけでして、そこからすると、「500年以上も昔の話をされても」と一笑に付すわけにもいかないかも。
もちろん現代人は国家によって手厚い保護が加えられている一方、当時の人々とは違って、自力救済の手段がほとんど与えられていないとも言えるわけで、さすがにただちに暴徒化するとは思えませんが。ま、さしずめ今は「刀」ではなくて「投票用紙」ですかねえ。一つ言える事は、庶民を敵に回した政権は、長生きできないってことでしょうか。

気が向かない限り(笑)、年内の書き込みはこれでおしまいです。みなさん良いお年を。

2006.12.26

万人均しく忙しい年末

多分に漏れず、年末の慌ただしさに追われております。図書館が休みになるからあわてて本を借りに行ったり、プリンタのインクを買いに行ったり、博論の手直しをしたり…(口頭試問終わりました)。そして、なんとか年賀状は書き終えました(まだ出してないけど)。

あとは年末年始の食料を買ったりといった生活廻りの諸々を整えれば、とりあえず年を越せそうです。
正月の予定? ゆっくり史料めくりです(笑)。
年明け早々の報告準備が全然進まぬ…。正月って一体なんだろう、と考えさせられる今日この頃。

2006.12.22

クリスマスプレゼント…かな

西島太郎『戦国期室町幕府と在地領主』(八木書店、2006年)受贈。ありがとうございます。
主に朽木氏を素材として、16世紀の幕府と在地領主の関係について丹念に検討されています。研究が重厚な近江国をフィールドに着実に研究を進めてこられていて、私もそんなお姿を拝見しながら、分岐点とも言うべきマスター時代に多くを学ばせていただきました。もっとも私は、そんな正面突破の姿勢を諦めてニッチを狙うようになりましたが(笑)。
なんといっても注の精密さが凄い。思えば、かつて私が書きかけの修論を見ていただいた時、注をもっとちゃんと付けた方が良いとご指導していただいた記憶が蘇ります。私は面倒くさがりなもんで、そのいい加減さには随分苛立たれたことでしょう。その辺は、未だに教えに忠実にはなっておりません…すみません。

私のことはともかくも(笑)、出版に際してはいろいろとありましたが、無事の刊行をお祝いいたします。正式なお礼は年賀状にて…(出せたら)。

戦国期室町幕府と在地領主戦国期室町幕府と在地領主
西島 太郎


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16世紀の金銀比価(メモ)

以下、こちらへのコメントで書いたものを、個人的な備忘録として改稿して書き留めておきます。
こういうのは、そのうち忘れてまたやりなおすのが億劫ですんで(笑)。


小葉田淳『金銀貿易史の研究』(法政大学出版局、1976年)によると、16世紀の金銀比価について、織田信長が永禄12年(1569)に制定したものでは、金:銀は1:7.5であり、その後天正前半にかけて金の銀比価が上昇して1:12ぐらいになった後、天正10年(1582)頃はおおよそ1:10程度になるようです。

孫引きなんですが…小葉田さんが引用しているフロイス『日本史』の一節に、次のような文章があるそうです(どのあたりに書いてあるのか、未確認)、

「或る人が他の人に何本"barre"の金または銀を贈与したとある場合に、その一本を日本では一枚と称し、或る限られた重さを持つ。すなわち日本には鋳造された金貨または銀貨なるものはなく、その重さによって取引される。(中略)銀の一枚は4テール3マースの重みがあり、わが国の貨幣では4クルザド6ヴィンテンに相当する。金の一枚は、四三銀一枚"43 Silver Ichimai"よりなり(かわと注:この部分は不詳)、43クルザドに相当する。」

これによると、

銀1枚=4.6クルザド

となりますが、「テール」が中国の「両」に相当するならば、今は約37gだそうですので、それに従えば1枚は37×4.3で約159g。
1匁=3.75gとすれば、1枚=159÷3.75=約42匁で、1両=4匁5分(京目)とすれば、1枚=42÷4.5=約9.3両になります。単位の誤差等を勘案すると、やはり銀も1枚=10両であると考えた方がよさそうです。
一方、
金1枚=10両=43クルザド
とフロイスは認識していたようですので、金と銀の比価は1:9.3となり、当時の相場におおよそ符合します。

以上をまとめると、
銀1両=0.46クルザド
金1両=4.3クルザド
あたりで推移していたと思われます。これだとロドリゲス『日本大文典』にある1クルザド=銀10匁(約2両)という記述とも齟齬が無いと言えますね。ただ金1両=7クルザドとする一連の『イエズス会士日本通信』における記述とは少し差異があるわけですが…。この辺は、変動幅の範囲内と考えていいかどうか、課題は残るところです。

2006.12.19

徒労

今日一日かけて史料めくって、いくつか「おっ」というのをコピーして、揚々と帰ってパソコンに打ち込んでみようとすると…。

全部既に別の所で見た史料だった…。

いや、「ない」ことがわかることも重要なことです。でも、ねぇ。

「そんなのいつものことだよ」ってあちこちから聞こえてはきますが(笑)。

2006.12.18

戦国期軍記物の原点

『甲陽軍鑑』(佐藤正英校訂・訳、学芸文庫、筑摩書房、2006年)購入。戦国期を舞台とした軍記物ではトップクラスで有名なタイトルですが、意外と気軽に手に入れる手段が無かったので、私もずっと持っていませんでした。
帯に「「風林火山」の原点」と書いてあったりして、地味に大河ドラマを当て込んでの出版だと思いますが、こういう出版だと私にとっても有り難いです。あんまり使う機会はないものの、時々さっと調べたい時があって、手許にあると有り難い…そんな一冊でしょうかね。

<付記>
でも採録されてるのは全体のうちの一部なんですね。うーむ、しょうがないか。

甲陽軍鑑甲陽軍鑑
佐藤 正英


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2006.12.15

教育基本法改正

いよいよ成立したそうで…。とりあえず備忘記録。

論点はいろいろあれど、やっぱり国家権力の誤謬可能性を否定したのが気にかかるなぁ。これからは性悪説に立つべしという論調が席巻している中、国家権力に対してのみ極端な性善説に立っていいのかどうか…。
私は心配性なのかもしれませんが。

珍呼称

今し方、「清水ボーカル」という呼び名があるという発見をしました(笑)。→http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2006121500537
「稲垣メンバー」とか「島田司会者」に続く新呼称ですね。ってか、こういう時の呼び名をそろそろ考えた方がいいんじゃないのかね?

問題を起こした(=敬意を払うべきではない)著名人に対して、どのような呼び方をすればよいのかが、結構悩ましい問題のようです。もっとも「○○社長」「○○部長」とか、会社の役職が付いているような人だった場合は、そういう呼び方が定着しているのであんまり困らないわけですが、特に問題になるのが芸能人。
どうしますかね? 「○○芸能人」とかに統一しますかね。うーむ、いまいち。
犯罪者だったら「容疑者」ってのがあるわけだから、そうじゃない場合は別に「○○氏」「○○さん」でいいんじゃないでしょうか。無理矢理こねくり回して変な呼称付けるよりは、よほどそっちの方がすっきりする。

歴史的に見れば、実は敬称ってそれほど「伝統的」ではありません。がっちり固まったのは近代以降と言ってよく、近世はまだそれなりに注意が払われていた感はありますが、中世だとかなりいい加減。書状の上では、身分の上下関係なく相手に対しても結構呼び捨てにしてたりします。

だから敬称なんて無くて良いというわけではありませんが、「日本人の象徴」みたいに金科玉条にして、雁字搦めにする傾向に対しては少し立ち止まって考えてみる必要があるような気もします。最近敬語がやたら過剰になっているとも言われますが、その辺も同根かなぁ、と。

2006.12.11

追い込み期へ…

うーん、ちょっと仕事を引き受けすぎたかもしれない。
私はこれまでの人生でチヤホヤされた経験が全然無いので、お声がかかるとつい嬉しくなってしまうものでして。自らの力を過信しているわけではないんですが、自覚はできていないかも…。

まあでも30代前半が研究人生で一番重要な時期だという人も少なくないし、いい機会だと思います。もっとも結果が粗製濫造になってはいけませんし、結局そうなったら自業自得なのですが。

これから半年間びっしり詰まっているので、がんばってこなさねば。こうなると年末年始は貴重な時間です…ので、今年も一人で年越しを迎えそうです。風邪引かないようにしないといけませんねえ。今年の風邪はたちが悪いようですので、みなさんも体調にお気を付けください。

つまんない日記ですが、余裕がないので今回はこのへんで。

2006.12.08

歴史手帳のこと

そろそろ手帳の更新の季節がやってきました。
人によっては特定の手帳にこだわりを持っていて、毎年同じものを選ぶ方もいらっしゃると思いますが、私自身はあんまりこだわりがなく、ほとんど店頭でコストパフォーマンスを勘案して適当に買っちゃいます。

ところで、業界ではよく知られた手帳があります。吉川弘文館が毎年出している「歴史手帳」。年表をはじめとして、ちょっとした調べものがしたい時のための様々な情報が付いている便利な手帳。私の周囲にも、愛用している方が結構おられます。
ただ、私はまだ一度も買ったことがありません。理由は…、いいにくいのですが、デザインがあまりにも渋すぎるというか…(笑)。そのデザインこそがいいという方も多いでしょうけれども、少し高くなってもいいので、もうちょっとデザイン的に違うバージョンをいくつか同時に出して欲しいなぁと思ったりします。そこまでするほどの需要があるかというと、自信はありませんが。

普段使う手帳は別に持っていて、調べもの用に携帯するというのも一手かなぁと思いますが…。

2006.12.03

もう一つの社会変動期と「地域」

渡辺尚志編著『近代移行期の名望家と地域・国家』(名著出版、2006年)受贈。まったくの門外漢で学恩に報いる自信はまるでありませんが、幕末期の「地域」についてそれこそあらゆる面で学ばせていただきたいと思います。

近代移行期の名望家と地域・国家近代移行期の名望家と地域・国家
渡辺 尚志編著


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