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2007.01.06

浅草へ初詣

D1000147三が日はほぼ引きこもり生活で、さすがに心が折れそうになったので(笑)、浅草へ初詣に行きました。…といっても、浅草はかれこれ7,8年ぶりぐらいか。
写真は今戸神社。わけあって一度行ってみたかったので。もう三が日は終わっていましたが、続々と参拝者がやってきて驚きました。なんか今年はどこも参拝客が多かったみたいですね。ブームにでもなったんでしょうか?
社伝では、康平6年(1063)創建。元々は八幡宮で、源義家が祈願したという話もあるみたいです。何度か衰微・再興を経て、寛永13年(1636)(寛永通宝発行の年ですね…)に徳川家光によって再建され、今に続いているそうです。
ちょうど隅田川のほとりにあります。この辺りは良質の粘土が取れたために焼き物が盛んで、その焼き物は「今戸焼」と呼ばれます。お馴染みの招き猫も、今戸が発祥なんだとか。あっ、そういえば、沖田総司の最期の地とも言われています(諸説あるそうですが)。

D1000149D1000150
その後はベタに浅草寺へ。本堂と五重塔はあんまり興味ないので(笑)、写真は撮らず。
左写真は、本堂に向かって右側にある浅草神社。漁民が隅田川から聖観世音菩薩を引き揚げ、それを本尊にしたという社伝のある神社で、かなり神仏習合色を残しているのが面白いです。またその由緒から、漁民の信仰を集めた神社だったのでしょうか、紋には漁網がデザインされていました。「三社様」と呼ばれ、有名な三社祭はここの神社の祭礼です。社殿は慶安2年(1649)に徳川家光によって建立(重要文化財)。震災と空襲に耐えて、今に残っています。
写真右は本堂に向かって左側にひっそりと建っている日限(ひぎり)地蔵堂。境内では最古の建築物で、元和4年(1618)の築だそうです。

その後仲見世の人混みにうんざりしながら、下町風情のある店で飲み初め(笑)。英気を養い、今年も頑張って参りたいと思います。

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コメント

浅草寺はあんまり古いものがないですからね。
中世のものと言えば、板碑くらいでしょうか。

伝法院に板碑があるそうですね。残念ながら普段は見られないそうで、いつか見られる機会があるといいのですが。

今戸神社は浅草寺から少し離れていますね。

参詣が多いのは、新選組の沖田総司の終焉の地という碑が立っているからではないかと思います(もっとも、比定間違いのようですが)。
もしかして、かわとさんもそれが目的? とは考えにくいのですが(笑)。

私が行った際は、沖田の碑に目を留める人はほとんどいませんでした。浅草寺だけじゃなくて、浅草界隈の神社も一緒に廻ろうという人が結構増えたみたいですね。
もちろんというのもなんですが(笑)、私の目的は沖田絡みではないです。

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