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2007.02.08

足利義満、登場

捏造疑惑とまで言いませんが、こちらも時折ネタの信憑性が物議を醸すNHK「その時歴史は動いた」ですが(なんか今日の武田信玄ネタはちらちら見ましたが、正直言ってひどそうな内容でしたね)、次回は足利義満の日明外交だそうで。
義満ネタなんて珍しい。しかも日明関係と来れば、見たくなりました(笑)。ゲストはあのSさん。で、早速HPを覗いてみたんですが…。

義満は国交回復して明国と貿易を行い、銅銭を輸入しようと考えていた。当時、中国の銭が日本の通貨として使用されていたが、明は民間貿易を禁止したため、市場に通貨が不足し、現代でいうデフレ経済の状況に陥っていたのである。 ―http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2007_02.html#02より引用

通貨不足でデフレ? あれ?そんな話あったっけ?
こりゃさすがにまずいと思って(笑)関連書籍に当たってみたんですが…、どうもそんなことを書いてある本に辿り着けません。Sさんの近著を繰っても言及してある箇所が見あたらなかったんですが…。見落としでなければ、Sさんの新説なのか、制作側の新説なのか…? ご存じの方、是非ご教示ください。
…と思っていると、それなりに根拠となっていると思しきものがありました。百瀬今朝雄「室町時代における米価表―東寺関係の場合―」(『史学雑誌』66-1、1957年)によると、おおむね1380~90年代は比較的米価が安かったようです。百瀬さんご自身も仰せのごとく、米価変動の背景にはいろんな要因を考えるべきなので、単にデフレになったと言い切れるわけではありませんが。

実のところ、私は14世紀後半に銭不足だったかというと正直疑問ですが。
いろいろ理由はありますが、義満の奢侈で幕府財政が膨らんだことを対明交易の契機とするのが通説であることや(中には大内氏対策という政治的側面もあったでしょう)、明銭流入後も北宋銭が圧倒的な流通量を占め続けたことからすれば、この時期に突然銭不足に陥ったとは考えにくい。この辺をどう考えるのかといったところでしょうか(小葉田淳「勘合貿易と倭寇」、『岩波講座日本歴史』7、岩波書店、1963年参照)。明銭が主流にはならなかったことは、Sさんもそう書いてあるんだけどなあ…。うーむ。

まあ、あとは見た後に書く気になったらということで。

どーでもいいですが、放映日、2月14日ですね。ほんとどーでもいいですが…。

<追記(2007.2.15)>
引用元URLを変更しました。

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