佐竹関係(4) 馬坂城跡

最後は馬坂(まさか)城跡。佐竹昌義がはじめてこの地に入った際、築いた城だとされています。
現地看板によれば、「台地の先端部の約6000平方メートルの敷地を、三つの空堀で分断して曲輪を設けた平山城で、北を鶴が池、西南を山田川に囲まれた自然の要害であった」とのこと。
佐竹氏は後に太田城へ移り、馬坂城には分家の稲木氏や天神林氏が入った頃もあったそうですが、慶長7年(1602)の佐竹氏の秋田転封によって廃城となりました。
現在の本丸(写真右)は、今は畑に変わっていて、ぽつんと碑と案内板が建っています。

城跡は鬱蒼としていて遺構がわかりにくいのですが、確かに城があったような雰囲気はありました。なぜか縄張り内に塚のようなこんもりした箇所が遺されています。物見として使用されたのでしょうか。
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