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2007.03.06

私の啓蟄

今月はいろいろとイベントが目白押しで、やや多忙。自分の仕事はややうっちゃり気味ですが(酒量も増えたので…(笑))、私にも(多分)居場所があることを感じることができるので、精神的には充実しております。

先日、専門と関係の深い研究会に出席。このところ対象とする地域も時代も随分狭くなっていたので(=蛸壺化の不安)、それぞれが異なるテーマの報告を拝聴し、戒めの機会となりました。
具体的には、近世後期の銭貨流通についてと、15~18世紀ベトナムの銭貨流通について。
前者について言えば、近世の銭貨流通秩序が必ずしも「全国」統一的とは言えないようで、これは大いなる刺戟となりました。私の近世に対する画一化した視点の浅薄さを反省させられたというか…。この点については、今後に是非活かしたい視点です。
後者については、なかなか政治史的な面について知らないことが多かったのですが、丁寧なご説明でわかりやすかったです。ただ、あまりにわかりやすすぎて、果たしてそんなに簡単なものだったのかなぁ…と思わないでもなかったですが。同席した専門家H氏の手ほどきを受けながら、私なりに当地について勉強してみたいことが整理して理解できました。果たせるかどうかはわからんけど…。特に、15世紀前半に撰銭禁令がすでにあったというのは興味深かったですねぇ。

ちなみに、↓は、実は未読でした…。不勉強を反省。早速読ませていただきたいと思います。

江戸の銭と庶民の暮らし江戸の銭と庶民の暮らし
吉原 健一郎


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翌日にも私にとって極めて重要なテーマでの会合があったんですが、先約があったので断念。ま、ちと仕事上の事情があって、かえって拝聴しない方がいいかなという思いもありましたが。
で、その先約は茨城への合宿。アンコウ鍋美味かったです。佐竹氏関係の史跡を廻ってきました。詳細はまた後程。それにしても、常陸も北の方へ行くと極端に中世史跡が少なくなりますねえ。どこへ行っても徳川光圀・綱条の影響が。「歴史原理主義」(語弊ありすぎか(笑))水戸藩恐るべし。水戸黄門が少し嫌いになりました(笑)。

これからもしばらくは様々なイベントが続きます。幸い今年もまだ花粉症に襲われずに済みそうですが、体調には気を付けたいところです。
なお、一部ご昵懇の方々にご心配をおかけしましたが、来年度の食い扶持はなんとか確保できました。いよいよ居酒屋バイトへ逆戻りかなぁと覚悟していたのですが、なんとか首が繋がりました。とはいうものの、今年はまさに背水の陣だなぁ、ということで、奮起いたしますです。

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コメント

こんばんは。ところで、かわとさんて居酒屋でアルバイトしてはったんですね。ということは、ホテルでアルバイトをしてはったのは、神戸の時でしょうか。

「ホテルでアルバイトをしながら優れた業績を残している人だっている。だから、お互いに頑張らんとね。」と、後輩を励ましたので。

でも、やっぱりかわとさんは凄いです。私も奮起しないと…。

>たけうちさん
ホテルでバイトしていたのは学部生の頃なので、四国にいた頃ですね。
修論書いた後、4年ほど居酒屋でバイトやってました。やめてからブクブク太ってしまいましたが(笑)。
凄いと言われると面映ゆいですが、世間に比べれば私なんぞはまだまだ…。ともかくお互い頑張りましょう。

トラックバックどうも。日本史の報告・書評会も勉強になりました。日本史から見れば「そんな簡単」でしょうが、史料がないので突っ込んだことは分からないのです。15世紀の撰銭禁令(多分これが初例で「國初以来」の「詔旨」の中味はよく分からない)は以下の通りです。

『大越史記全書』甲寅紹平元年(1434)春正月十二日条(陳荊和校合本(中)p.570)
旨揮京城及諸府路縣册社村庄等、今後銅銭破缺、猶穿得緡貫、即流通使用、不得拒斥。若已斷缺、穿緡不得即不用、違拒揀擇亦同罪。國初以来、數出詔旨、禁民拒斥、而庫吏収税、常揀好銭、民間禁不能止、故更有是令。

>桂堂徒然さん
史料のご教示ありがとうございます。「緡を穿つ」というのは、欠けた銭に新たに穴を開けるという意味なんでしょうか。
そう読めるならば、なるほど確かに流通量の確保にかなり困っている感じがしますね。
ただ、税は「好銭」で納めるよう命じていて、日本の撰銭令との共通性が見出せて面白いです(笑)。

同時期の日本ではそこまで銭不足になっていた様子はないので、その違いがどうして生じたのか、興味深いです。
当然第一には中国との関係の違いにあるでしょうけれども、ほかの可能性を含めて、ベトナムの歴史を勉強して考えてみたいです。

どもども。この史料は「これまで何回も撰銭禁令出したけど、よりにもよって収税吏が撰銭しちゃうので、そりゃ民間に禁令が及ぶわけねーよ。だから(民間はもちろん)官吏も撰銭すんな。」という趣旨では?旨揮の対象も「京城及諸府路縣册社村庄等」ですし。

>桂堂徒然さん
あ、そうか、なるほどそう解釈すべきですね。私の勇み足でした(笑)。

個人的にはあの大小様々な銭の緡の写真を見て驚愕しましたが(笑)、ひとたび銭不足に陥るとかなり深刻な状態になったようですね。

個人的には「大小様々な銭の緡の写真を見て驚愕」するという感覚が新鮮でした(笑)。ベトナムで緡銭を見る機会はそう多くないんですが、そういうもんなんですね。

あと、「緡を穿つ」は必ずしも穴を開けることを意味しないかも知れません。つまり「(多少欠けていても)差し銭にすることができれば」ととることも可能かと。「破缺」と「斷缺」の使い分けが気になるところではありますが。

>桂堂徒然さん
日本の特に中世では、とにかく大きさが一定であることに異常なこだわりがあったようなので(大きい銭はわざわざ削ったりする)、それに慣れていると、あの緡は新鮮に映りましたねえ。もっとも日本でも、18世紀以降は比較的鷹揚になったようですが。

「緡を穿つ」ですが、確かに仰せの通りに解釈できそうです。「破缺」は欠けているけど紐が通せる状態、「斷缺」は割れてしまって通せない状態ということでしょうかね。
さすがに完全に割れちゃったのは廃棄の対象としたようですね。

>来年度の食い扶持はなんとか確保できました。いよいよ居酒屋バイトへ逆戻りかなぁと覚悟していたのですが、なんとか首が繋がりました。


PD?

>御座候さん
no(笑)。
PDならもっと早く決まってますからねえ。

とすると、非常勤講師あたりでしょうか。

ここであんまり具体的に書くのは憚られるので、直接会った時にでもお尋ねくだされ。

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