生口島の史跡

大三島から多々羅大橋を渡ると、広島県の生口島(いくちじま:現尾道市・旧瀬戸田町)へ。国も伊予から安芸へ変わります。
その生口島の北西に当たる場所に、要港の瀬戸田があります。瀬戸田は室町期の著名な史料「兵庫北関入船納帳」において、芸予では最も多く登場するとされています。その集落の高台にあるのが向上寺。左写真はその三重塔(国宝)と、背後に瀬戸田港。ここはまったく観光地化されてなくて(近くの耕三寺は観光地化してましたが)、案内もほとんど無くて登る道を探すのに手間取りました。
向上寺は応永10年(1403)に三原仏通寺の末寺として建立されたといわれ、創建には沼田小早川氏や、小早川氏一族の生口氏が関わっているものと考えられています。三重塔は、永享4年(1432)の築で、この築造には生口氏のほかに海運業者が経済援助を行ったとされており、海運との関わりの深さを窺うことができます。
また右写真は境内にある、天文17年(1548)に造られた梵鐘。

こちらは、向上寺からちょうど島の反対側の辺りにある光明坊。左写真の十三重塔(重要文化財)は永仁2年(1294)の築を示す銘が刻まれています。右写真はその傍らにある石槽。お湯を入れて風呂桶にしたそうですが…。鎌倉期のものとされていますが、ぱっと見ではその辺のところはよくわかりません。
参考文献:
山内譲「中世港町瀬戸田の景観」(『芸備地方史研究』255、2007年)
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