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2007.11.28

忍城と成田氏をまなぶ

Gyoda1Gyoda2先週、行田市郷土博物館の企画展「忍城主成田氏」を見てきました。成田氏に関係する文書が多く展示されていて、見応えがありました。丁度大河ドラマで成田氏が登場したらしく、平日にもかかわらずわりと多くの方がおいででした。
忍(おし)城跡に行くのは今回が初めてでした。城跡の方は…まあ仕方がないか、という感じ。立派な復元?天守閣あり、公園あり、ではありましたが。
最近、行田名物として話題?の「フライ」「ゼリーフライ」を食べたかったんですが、下調べもなにもしていなかったので、店を見つけられず。ゼリーフライの店は公園のすぐ脇にあったんですね…。残念。

その後、成田氏関連の史跡をいくつか廻りました。左写真は熊谷市にある龍淵寺の成田氏墓所。忍城からは少し離れていますが、かつてはこの辺りが成田氏の本拠地だったようです。
右写真は行田市(旧南河原村)の観福寺にある板碑群。ほかに、13世紀の年号のある2基の巨大な板碑(こちら)が覆屋の中にあり、一括して国史跡に指定されているようです。

中世ではないですが、あとはさきたま古墳群に行くべき感もありましたが…、時間がなくパス。またこんど。

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コメント

大河ドラマで、成田長泰が、ガクト謙信にぶっ飛ばされてました。

で、恥辱を受けたことに腹を立てた成田長泰は戦線離脱する、というのが軍記物に見られるエピソードなわけですが、今回の「忍城主成田氏」展でも解説されていたように、成田氏って北条についたり上杉についたりと、コロコロ属する陣営を変えているんですよね。武蔵・上野の国衆は生き残りのために風見鶏にならざるを得ない部分があるわけで、辱めを受けたというような感情的な理由で、転向したというのは、ちょっと眉唾ですね。

馬から引きずり下ろされたという有名なエピソードですが、事実かといえば、怪しいところでしょうね。
もっとも、それが今でもドラマ性のある話として受け入れられているとすれば、訴求性のあるよくできた話とは言えますね(笑)。

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