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2007.12.16

真壁の史跡

Makabe1Makabe2Makabe3_2先日、茨城県桜川市(旧真壁町)の桜川市歴史民俗資料館で展示されていた中世文書を見に行きました。目玉は二つの文書群でした。
まずは「加茂部文書」。同市内(旧岩瀬町)にある鴨大神御子神主玉神社(長い…(笑)。読みは「かものおおかみのみこかみぬしたまじんじゃ」らしい)の宮司家に伝来した中世文書群で、中世前期の官宣旨案が含まれていました。ほかに永享12年(1440)3月4日の足利持氏の子・安王丸代官景助なる人物の奉書案がありましたが…、なんだか怪しげ(笑)。
もう一つは「真壁長岡古宇田文書」。長岡氏は常陸平氏一族の真壁氏の一族で、長岡郷(現桜川市[旧真壁町])を本拠とした一族だそうです。中世文書は全部で35点。生の中世文書を見るのはやはり楽しい。

その後昼食を取り、近くの真壁城跡へ(写真)。現在は国史跡に指定されており、発掘作業が進められていました。
言わずと知れた真壁氏の城館です。真壁氏は常陸平氏の大掾(だいじょう)氏の一族で、大掾多気直幹の子である長幹が真壁郡真壁郷に住んで真壁氏を名乗ったとされています。中世を通して常陸の在地領主として生き抜いた存在として、研究面でも注目され続けた一族です。戦国期には佐竹氏と後北条氏との間で巧みに生き残りましたが、結果的には関ヶ原合戦の後、佐竹氏とともに秋田へ移住しました。
かなり大規模な城館遺跡です。遺構自体は17世紀にかかるかもしれません。なお真壁氏移封後は、浅野長重(長政の子)が数年の間居城としていました。その後は稲葉正勝の居城となりましたが、寛永5年(1628)に転封となり、廃城となったそうです。

Makabe4こちらは城の近くにある真壁氏の墓所。五輪塔の規模が大きく、立派でした。

Makabe6荘園となっている地域(真壁荘)の本木という所(桜川市[旧大和村])に、大規模な中世居館遺跡があります。その先に見えるのは筑波山。…天気が良ければ絶好の眺望だったんでしょうけどねぇ。
Makabe5Odajoそして石造物たち。左写真は祥光寺(同市[旧大和村])にある多宝塔。建仁2年(1202)の年号が確認できました。
右写真は真壁氏のライバル?小田氏の本拠であった小田城跡(つくば市)にある五輪塔。小田城といえば北畠親房が『神皇正統記』を書いた所として有名ですが、ここへ来た時はもう日が暮れていたので、この写真だけ撮りました。ぱっと見ではよくわからないと思いますが、かなり巨大で、高さは2mを越えています。

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