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2008年2月

2008.02.28

杉山城跡(1)

Sugiyamajo_29Sugiyamajo0国指定史跡の杉山城跡(埼玉県嵐山町)です。嵐山行はここがメインです。
鎌倉街道沿いの丘陵上に造られ、かなり大規模な城郭であったことが明らかになっています。
ところが、不思議なことに文献ではほとんど確認されず、“謎の城”でした。それでも印象として後北条氏による整備があったものと考えられてもいたんですが、近年の発掘調査によって、16世紀初頭を降らないことがわかってきたとのことで、後北条氏説は否定され、最近では山内上杉氏が扇谷上杉氏に対抗する上で、被官の総社長尾氏の一族(「杉山長尾氏」とする説あり)が拠った城だったと言われるようになっています。
まだまだ謎の多い城ですが、遺構は圧巻です。しかもあまり整備に手を入れていないのがいいです(その点鉢形城はちょっと…)。

以下写真。縄張り図もご参照ください。
Sugiyamajo_1こちらは大手口手前から大手口、奥は本丸が見える位置です。現在は木を払ってあるのでとても見やすくなっています。

Sugiyamajo_8大手の虎口を本丸に向かって右側から。(腕前のせいもあって)写真ではわかりづらいと思いますが…、実見すると、しっかり遺構が残っていてとてもよくわかりやすいです。

Sugiyamajo_17こちらは「南二の郭」です。

参考:
竹井英文「戦国前期東国の戦争と城郭―「杉山城問題」に寄せて―」(『千葉史学』51、2007年)

2008.02.27

三浦半島で春一番

Uraga_6Miura_7先日初めて三浦方面へ行ってきました。少し風が強かったですが、天気に恵まれてよかったです。舟盛りも堪能できて満足々々。でも、むしろ煮魚の方が感動的でした(笑)。
帰りに土産を買ったら、業者の所在地が「沼津」…って、いいのかよそれで。
帰りは横浜で昼間っからがっつり酒盛り(笑)。それにしてもよく飲んだなぁ。
廻ったところはまた後日。ちなみに左写真は浦賀の塔明堂跡(神奈川県横須賀市)。

ようやく試験の採点も終わり、これからは半月ほどは自分の時間を確保できそう(今週はまだやや多忙だけど)。というわけで、原稿に取りかかっているわけですが。少しは進んだものの、まだまだ荒削りというか…。我ながら論理展開が荒っぽい。これから洗練するのがむしろ難儀かなぁ、といった感じ。完成できるのかなぁ? すでに枚数を大幅に超過しているのが最大の問題…。

今週はこの後、いろんな人の研究に学ぶ期間といった感じ。どんどん吸収したいところです(パクるというわけではない(笑))。

2008.02.25

慈光寺の板碑群

Jikoji_9武蔵嵐山から秩父方面に向かい、山を登ってゆくとあるのが、慈光寺(埼玉県ときがわ町[旧都幾川村])。寺伝では白鳳3年(673)の開基とされており、鑑真とのゆかりもあったとされています。少なくとも平安初期には存在を確認できるようで、貞観13年(871)の大般若経(重要文化財)の一部を所蔵しています。
そしてここで有名なのが、中世の9基の板碑群です。明治期に今の場所に移されたそうです。
JikojiJikoji_1右写真の真ん中にある(上部が欠損している)板碑が最も古いもので、弘安7年(1284)の年号が入っています。左写真の板碑は、左から嘉暦2年(1327)、文和4年(1355)のもの。
Jikoji_13Jikoji_16左写真の梵鐘(重要文化財)は、寛元3年(1245)に願主栄忠によって大工物部重光が鋳造したことが、銘よりわかります。銘のある所を写したのですが、小さくてわかりにくいでしょうか。
右写真は境内からの眺め。たぶん奥に見えているのは熊谷の辺り。

ちなみに、このほか開山で鑑真の弟子とされる釈道忠の墓に建てられたという開山塔(重要文化財)もありますが、覆屋があってよく見えませんでした…(こちらに写真があります)。「天文二十五年」(1556?、実際は弘治2年)の銘があると伝わっているそうですが、実際は天文年間は24年までなのがやや謎めいています(関東では天文年号も延長して使ってたんでしたっけ?)。ただ、建築手法としては、おおよそこの時期でいいとされているようです。

2008.02.21

木曽義仲生誕地

Hankeiji02Hankeiji05埼玉県嵐山町は、拠点を構えた源義賢の子である源(木曽)義仲が生まれた所とされています。
その生誕地とされるのが班渓寺。寺院は、義仲の妻である「山吹姫」が非業の死を遂げた子の清水冠者源義高の菩提を弔うために創建したとも、山吹姫自身の菩提を弔うために創建したともされています。
その山吹姫は建久2年(1190)に死去したと伝わっており、右写真は墓とされる五輪塔です。

源義高は鎌倉の源頼朝の娘・大姫と結婚したものの、頼朝と義仲が不仲になったことによって哀れな運命を辿ったことはよく知られていますね。義高は鎌倉を脱走してこの嵐山へ逃れようとしたものの、途中の入間川のほとりで、わずか12歳で討たれました。現在、最期の地には義高を供養する清水八幡宮(埼玉県狭山市)があります。

Kamagara03Kamagata04_2Kamagata07_2こちらはその近くにある鎌形八幡神社。義仲が産湯を浸かった場所とされています。今もその泉(というか、池?)がありますけど、今は産湯に使うのはちょっと…(笑)。今も湧き水があるような感じではありましたが。
安元2年(1176)の銘がある懸仏(実際の時代はもう少し下る模様)や、同じく貞和4年(1348)の銘のある懸仏などがあるそうです(見られず)。

2008.02.20

運慶作仏像が海外流出の危機

栃木県足利市にかつてあったとされる、「足利氏のルーツともいえる樺崎寺跡の下御堂(法界寺)の本尊と思しき運慶作の大日如来像」が、文化財指定を受けていないためアメリカでオークションにかけられることになっているそうです(写真はこちら)。

目下、それをなんとか阻止できないかと活動がされているようで、私のところにも関係する要望書(案)が届きました。


運慶作大日如来坐像の保護を求める要望書

さる2月11日付読売新聞の一面トップに「運慶 米で競売へ」という衝撃的なニュースが掲載されました。競売は来る3月18日ニューヨークにて行われるとのことであり、海外流失が懸念されています。この仏像こそ2004年に山本勉先生(現・清泉女子大学教授)の研究によって運慶作とされた大日如来坐像であり、すでに重要文化財になっている光得寺大日如来坐像と酷似することや、それよりやや古い建久年間前半の作品と考えられることから、もともとは足利義兼が建立した足利樺崎寺の下御堂(法界寺)に安置されていた三尺皆金色の大日如来像にあたるものとすることができ、足利氏と極めて深い関わりをもつ像でもあります。
現在史跡樺崎寺跡では、国庫補助事業を受け保存整備事業が進行しており、本像が安置されていたものと考えられる下御堂(法界寺)の跡も発掘調査によってその内容が明らかになっております。このような折、発覚した運慶作大日如来坐像が競売にかけられるというニュースは、たいへん残念なことであり、もし海外へ流失するということともなれば、日本人の魂を持ち去られるにも等しく、痛恨の極みであります。
このようなことから、競売によって一部資産家や愛好家のもとに渡り死蔵されたり、外国の博物館や美術館に流出したりすることのないよう、国にて購入し恒久的な保護がなされますよう、要望します。

読売新聞の記事は↓

鎌倉彫刻を切り開いた巨匠、運慶の作と見られ、2004年に初めて紹介された木造大日如来座像(個人蔵)が3月18日、米ニューヨークで開かれるクリスティーズ社の競売に出品されることが分かった。
売却の際に国への申し出が必要な重要文化財などに指定されていなかった。落札予定価格は約1億6000万~2億1000万円。日本側から入札がない場合、彫刻史上、一級の重要作品が海外に流出する恐れがある。
(中略)
文化庁によると、一昨年ごろ、指定文化財ではないとの証明を求める書類申請があり、売買の動きを把握。国として買い取りを検討したが、契約成立に至らなかった。
―http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20080211-OYT1T00006.htmより

何分金銭的な問題ということに尽きるようで、難儀なことです。どうにか海外へ流出することだけは避けて欲しいものですが…。

2008.02.19

再び武蔵嵐山へ

Ookura11Sugiyama去年に引き続いて埼玉県嵐山町の埼玉県立嵐山史跡の博物館へ行ってきました。企画展「後北条氏の城―合戦と支配―」を見るためです。
そのついでに(というか、こっちがメイン?)、また周辺史跡巡りと相成りました。前回は徒歩だったので行ける所は限られていたのですが、今回は車でまわれたので、新たにいくつか行くことができました。そのうちの一つが、右写真の杉山城跡。

左写真は大蔵館跡にある板碑。「あれ?前に来た時はこんなのあったっけ?」と思って撮ってきたんですが、しっかり前回行った時の写真に収まっていました(笑)。ちなみに元徳3年(1331)の年号が入っています。

道中は二度も交通事故をみかけたりと、なかなか波乱含みというか…。ま、我々は無事でなによりでしたが。
新たに行った所はまた改めて紹介したいと思います。

2008.02.16

平穏な一週間

受験シーズンということで、業界的には静かな季節。
今週は家と大学の往復で終わりました。
おかげで原稿は結構進みましたが、先行研究の海に溺れる…。枚数がきついのに、注が膨らんでしまうのが悩みの種。

早いもので今の身分もあと一月半でお別れ。年度が変わると環境も変わるので、そろそろ新年度の準備もしないとなぁ、と思うも、何をしたらいいのかはわからない(笑)。そのうち浮かぶでしょう。我ながら、適当に生きてるなぁ…。

単調すぎてネタがないので、このへんで。

2008.02.12

文化財をどう守るべきか

ソウルの南大門全焼については既にいろんなところで反応がありますが、あの焼け落ちる映像はほんとにショッキングでした。

人為による文化財の被災については、日本も他人事ではありません。金閣寺の例を出すまでもなく、2000年に大原の寂光院が焼失したのが記憶に新しいところ。これもほぼ放火と断定されていたかと思いますが、犯人が検挙されたという話は耳に入っていません。ほかにも文化財の被災例はたくさんあります。
韓国では、文化財保護の体制に不備があったとのことで、強化に乗り出すことになったようです。日本でも多くの文化財は対策が施されているとは思いますが、改めて見直すことも必要かもしれません。
ただ一方で、より厳重になると、拝観に不便が生じることになるかもしれません。これも仕方がないのかもしれませんが、その必要性があるとなれば、なんとも残念な話です。

文化財保護の問題は、今後特に地方で顕著になる可能性があります。とりわけ過疎化の激しい地域では、防犯以前に保存すらも難しくなることもあるでしょう。もっとも行政も保存のための支出をしていますが、単にカネを出せばいいというのではなく、実際に日常的に保護に携わる人がいなくなれば立ちゆかなくなります。
地域の文化財を保護するというのは、やはり地域に愛着あってこそ、という面もあると思います。今後は、そういう人たちがたくさん地域から消えてゆくことを覚悟せねばなりません。その後をどうするかについて、真剣に考えるべき時期にきている気もします。

そして、地域の文化財に対する愛着というのは、一朝一夕にできあがるものでもなく、やはりそれを醸成する手段としての教育の役割が重要です。頭ごなしにやれ「愛国心」だ「郷土を愛する心」だなどと説教して済む話ではもちろんなくて、実際に地域や地域の文化財を“知る”ための手段というのを、実務の側に立って具体的に検討する必要があるのではないでしょうか。
なんとか会議はひっそり幕を下ろしたようですが、さもありなん。躍起になって机上の空論を捏ねるだけで、今ある現実を軽視している場合ではない。

2008.02.08

今年も冬(だけ)の主役か?

いえーい

(って、元ネタわかる人いるのか…?)

ってか、ええかんにせえよ某球団。くだらないネタばかり流れて、肝腎のキャンプ情報がほとんど聞こえてこない。今年も、オフに騒ぐだけ騒いで、シーズン中は洟も引っかけられず沈んでゆくのか。
今年も最下位かな…。萎えるなあ。
今年の目標は、唯一大阪府を本拠地とするプロ野球球団として、某新知事に名前を出してもらえるくらいになることでしょうかね(笑)。優勝?はて?
そんな私は、今年も開幕戦にのこのこと足を運ぶつもりですが…。

Kokusekiji1Kokusekiji2写真はこちらも世間をにぎわせている?黒石寺(こくせきじ、岩手県奥州市[旧水沢市])。いや、こちらは全然お寺のせいではないんですが。
お寺の掃除をしていたおばあさんが、やたらと「近くの正法寺の方が大きなお堂があっていいよ」と薦めてたなあ。一年に一度大きなお祭りでたくさん人が来るとも言ってましたが、そのお祭りが今年はとんだ騒ぎになりました。
ただ、かえって知名度が上がって今年は観客が例年より増えそうな気配ですね。雨降って地固まる、ですか。

2008.02.07

地方出版社の歴史と現在

朝日新聞夕刊(東京版)で、「わが町で本を出す」という特集を今やってます。
今まで出てきた中でも、葦書房マツノ書店など、郷土史関係でもお馴染みの出版社が取り上げられていました。

私はそれこそ郷土史系の出版物しか知らないのですが、これらの出版社が実に高い志を持って出版事業に取り組んでおられるのか、勉強になりました。いや、まさに現代史の一齣といった感じですね。そして、とても営利目的では続けられない事業だな、ということも…。

昨年、マツノ書店さんは菊池寛賞を受賞されたのこと。業界にとってはほんとに大変な時代だと思いますが、郷土の文化の灯が消えないよう、永く地域の出版事業が続くよう願います。
ところで記事を読んで知ったんですが、復刻数は年に何冊と決められていたんですね。まぁ、そりゃそうか。復刻して欲しい本はたくさんあるんですが、あれもこれもというわけにはいかないですからねぇ…。

2008.02.04

採点マラソン

授業の期末試験も終了。あと採点さえ終われば、晴れて自分の仕事にのみ集中できます。採点さえ終われば…。
答案はざっと90ほど。一つ10分だとして、900分。15時間か…。

ところで。
先日ほのめかした企画ですが、少しだけ宣伝。
最近にわかに沸騰している室町期の権力論にかかわるミニシンポを都内で開催します。日程は5月31日(土)。歴研大会の二週後です。
報告は今をときめく3氏にお願いしております。どなたかというと…、それはもうしばらくお待ちをば。
今月から、本格的な準備に入ります。本番当日はぜひおいで下さい。

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