対馬(8) 多久頭魂神社

豆酘地区にある多久頭魂(たくづだま)神社。この地域独特の信仰である「天道信仰」にゆかりのある神社で、神体である天道山の遥拝所としての機能を持つとともに、この信仰にまつわる神事を行う場としての性格を持っています。元々は観音堂であったものが、神社になったそうです。
代表的な神事が、稲の原生種といわれる赤米の穀霊をカミとして祀る「赤米神事」です(詳しくはこちら)。神事では赤米で作った餅を「テンドウ」と呼ぶんだそうです。
こちらには中世にまつわる文化財が伝わっています。その一つがこの梵鐘(重要文化財)。銘によると、康永3年(1344)に肥前松浦の鋳物大工覚円・小工季興によって作られたもので、檀那は沙弥妙善などの名があり、宗氏と関係のある豆酘郡司ではないかとされているようです。ほかに、「奉行僧」として「肥州南久屋宝泉寺住侶明俊」など、松浦地域の人物が深く関わっており、当該期のこの地域のネットワークを探る上で貴重な資料です。
ほかに金鼓(重要文化財)があり、高麗から招来されたものです。日本へ入ってきた際に銘が刻まれており、その銘によると、正平12年(1357)にもたらされたことがわかっています。
さらには大蔵経も所蔵されていて、今回はその一部を特別に見せていただきました。高麗版によるもので、1230年代頃の版木によるものだとされています。ちなみに、上記金鼓と同時にもたらされた可能性が高いようです。これについては、当時の宗氏の当主である宗経茂による高麗との通交が関係しているとも推測されているそうです。もっとも、“合法的”かどうかでも議論のあるところでしょうけど…。
同じく豆酘地区にある金剛院では、中世文書を拝見させていただきました。宗氏歴代の判物が中心のようでした。
余談ながら、豆酘については平泉澄のアジール論の舞台となったり、民俗面では宮本常一に注目されるといった、研究面での「ホットスポット」のようです。ただ、今は静かな漁村といった風情でしょうか。厳原の中心街からも遠く、少し寂しい雰囲気でした。
※念のため申し添えますと、文書類については事前に許可をいただいて特別に見せていただきました。公開はしていません(梵鐘は境内で見られます)。
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