対馬(10) 小茂田浜

厳原町小茂田へ。小茂田浜と呼ばれるこの地区は、文永の役(1274)にモンゴル軍が襲来した元寇激戦地として知られています。旧佐須郡の中心地であることから、佐須浦として史料に出てきます。
右写真が、応戦した宗助国(資国)以下の諸士を祀る小茂田浜神社。在郷民が祠を建てたのがはじまりで、南北朝期に宗経茂が現在地に移して「軍(いくさ)大明神」として保護したと言われています。また元禄期に宗義真が神門や石碑を建立、明治になって小茂田浜神社となりました。
もっとも小茂田地区は、かつては入り江が入り込んだ浦だったとのことで、実際の激戦地は少し内陸に入った辺りだったというのが実態のようです。中世では塩田が広がっており、製塩を生業としていたことがわかっています。

小茂田から少し内陸に入った樫根地区の法清寺には、宗助国の墓とされる胴塚があります(左写真)。さらに少し離れた所には首塚もありました(右写真)。五輪塔の下半分が胴、上半分が首を表しているようです(笑)。胴塚は中世のものだったと考えられているようです。法清寺には平安期の木彫仏像が安置されていますが、見られず。
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