対馬(11) 土寄崎

美津島町尾崎へ。対馬は中部に多島海である浅茅(あそう)湾が広がっていますが、その湾口の南側に当たる地域です。
ここはかつて「土寄崎(つちよりざき)」と呼ばれた所で、14~15世紀にかけて活発化した倭寇の首領的存在である早田(そうだ)氏の本拠地とされています。そして倭寇対策に悩む朝鮮王朝が、応永26年(1419)にこの地を襲撃しました。「応永の外寇」(己亥東征)と呼ばれる事件です。
この尾崎地区にある水崎遺跡の発掘調査によって、15世紀前半のものと思われる陶磁器が大量に見つかりました。しかもそれらには火災にあった痕跡があり、応永の外寇との関連を窺わせる貴重な資料となっています。
陶磁器は90%が海外からの招来品だそうで、うち70%以上が朝鮮産とのことです。ほかにベトナムやタイ産と思われるものもあり、海の交流の活発な様子が窺えます。また出土した銭貨のうち、55枚中14枚が日本ではあまり使われない大銭(大型の銭)なのだそうです。
できればこの遺跡の発掘報告書が欲しいところですが…。情報求ム。
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