佐渡(8) 黒木御所跡

黒木御所跡(旧金井町)です。承久の乱によって流された順徳院ははじめ国分寺に住んだそうですが、後に行宮として移ったのがこの地でした。
現地案内板によると、御所の四隅には持仏であった観音・阿弥陀・薬師・天神が祀られ、院は日夜礼拝したと伝わっています。亡くなるまでの22年間をここで過ごしました。
名前の由来は、粗末な黒い木で居所が造営されたことによる、とも言われているそうです。
現地を見た限りではそれほど敷地は広くもなく、配所での生活は質素なものであったことが想像されます。
後醍醐院が過ごした隠岐の御所も黒木御所と呼ぶそうですが、単なる偶然でしょうか。
近くには平安期のものとされる木造聖観音立像(重要文化財)を所蔵する本光寺があります。この仏像は、黒木御所に安置されたものの一つとされています(見られず)。このほか、世阿弥の配所である正法寺も近くにあります。
そして、御所から奥へ行った所にある北條家住宅(重要文化財)。これも現地案内板によると、北條家の祖・丹波国氷上郡岩龍寺賢清は、寺領について直訴した罪で佐渡に流され、元禄8年(1695)に赦免されたのち道益を名乗り、代々医業を営んだそうです。この住宅は元禄期に建てられたものを移築したものと伝わっています。越後の民家と比べて木柄が細く、佐渡地方近世民家を代表する遺例であり、保存状況はきわよい、とのこと。
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Toかわとさん
黒木の御所の件ですが、ご指摘の通りなんですけれど、辞書で調べた所「皮がついた丸木(=黒木)で作った粗末な御殿。仮御所。」とありました。(大辞林)
それにしても、お仕事とはいえ、全国各地を回られるなんて凄いですね。
当方は今夏小倉へ調査に参りましたが、成果を出せないまま凍結しております(苦笑)
投稿: たけうち | 2008.09.29 21:04
>たけうちさん
なるほど、やはり「黒木」には名付けられた意味があるようですね。
いや、佐渡に関しては「仕事」ではなく単なる旅行です(笑)。小倉は小笠原絡みですか? 調査が結実されるよう願っております。
投稿: かわと | 2008.10.01 01:05