佐渡(12) 国分寺

妙宣寺から南西方向に山道を行くとあるのが国分寺(旧真野町)。諸国に築かれた国分寺の一つですが、建立年代は天平宝字8年(764)頃と推定されています。
中世まで七重塔が遺っていたようですが、正安3年(1301)に焼失、さらに享禄2年(1529)に火災に遭って寺宝を焼失したと伝わっています。
平安期のものとされる旧本尊の木造薬師如来(重要文化財)を所蔵しています。元は写真の瑠璃堂に安置されていました。瑠璃堂は寛文6年(1666)築。現在の伽藍は近世に整えられたようです。

瑠璃堂の裏側にあるのが、当初の国分寺の伽藍跡。七重塔の礎石も遺されています。この穴は柱穴? それとも全然別の経緯で開いたものでしょうか。遺跡の残り具合は、ほかの国分寺遺跡に比べて比較的優れているそうです。
立地としては高台というよりほぼ山の上にあって、少々不思議な感じがしました。国分寺といえばわりと開けた平地に立地していることが多いように思うのですが、それとは少し違うように見えます。交通の要衝というにも少し奥に入りすぎているような…。謎です。
余談ですが、国分寺が所在する縁で、旧新潟県真野町と東京都国分寺市は姉妹都市となっています。実は、この記事を書いている時点で、私にとって最も近所の武蔵国分寺にはまだ行ったことがありませんが(笑)。
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