中世の史料には、時々和市が「多い」とか「少ない」という言い回しが出てきます。
ではそもそも和市(わし)とは何か。ということで改めて辞書を引いてみると…。
「本来は平和裏の売買の意であったが、しだいに単なる売買の意に用いられ、さらに市場での売買価格、または時の相場・交換比率の意味に転じた。同じ地域内でも市場によって基準枡の容量が異なっていたため、相場=和市は貢納物の計算や商人間取引上、重要な機能をはたした。」(『角川新版日本史辞典』より)
と書いてあります。通常、「相場=和市」という理解が一般的ですね。実際には、史料上でも圧倒的にこの意味による用例で占められており、近世になると「相場」という言葉の方が定着して今に至っています(「相場」という言葉自体は16世紀になって見られるようになります)。
ところが、和市にはもう一つの、というか、本来的な意味のあることがわかります。つまり「単なる売買」を指すということです。これに従えば、和市が「多い」というのは、売買が多い=市場の活況を示し、少ないというのはその逆で、停滞状況を表す、ということになるでしょうか。
実は以前、私も論文でこれについて触れたことがあって、その時は「和市が多い」というのは市場に物資が溢れている状態(=取引の停滞状況)と理解したのですが、まったくの誤りであったことがわかりました…。
なぜこのことに今になって気づいたかというと、清水克行『大飢饉、室町社会を襲う!』(歴史文化ライブラリー258、吉川弘文館、2008年)を読んでいて(今頃読んでます…)、「和市等、ことのほか減少せしおわんぬ。当国の衰微なり」という文言のある史料を引用されているのを見てはたと膝を打った次第。ここで清水さんは「和市」の「減少」を「売買の低迷」と解釈しておられますが、これが正確な理解でしょう。
ところで私が論文を出した後に、桜井英治さんは「和市が多い」を「米高」、「少ない」を「米安」と解釈しておられますが(同「中世における物価の特性と消費者行動」、『国立歴史民俗博物館研究報告』113、2004年)、これも厳密な意味では正確ではない、ということになります。ただ私の従前の理解とはまったく逆ということもあって、今度著書を出すに当たって補筆して反論を試みたのですが(著書の話はまた改めて)、早くもそれが空論であったことが判明してしまいました。お恥ずかしい限りで…。
ただ、私が言いたかったのは、「和市が多い」ことによって物価が下落するということだったわけですが、これが完全に間違いだったとまでは考えていません。取引状況と物価については、少なくとも前近代の市場経済においてみれば、単純な相関関係で済む話ではないと思っています(例えばモノが溢れている=取引が停滞しているから物価が下がるか、といえば、そうとも言い切れない)。
しかしそれを示すためにはきちんと論じないといけないわけで、その点、私の主張には重大な欠陥がある、ということは認めなければなりません。きちんと反省しつつ、この問題にはなんらかの形でけりを付けたいと思います。
ああ、それにつけてもブルーだ(笑)。
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