大宰府(5) 戒壇院

観世音寺の隣にある戒壇院。西海道の僧尼に戒律を授ける役割を担った寺院だそうです。現在は独立した寺院となっています。
本尊の盧舎那仏坐像(重要文化財)は平安後期のものと考えられています。例によって?見られず。

境内には石造物が並んでいます。左写真は五重塔。戒壇院の再建に尽力した博多の豪商天王寺屋の浦了無の供養塔だそうです。貞享2年(1685)築。
右写真は鑑真の供養塔。戒壇院は鑑真の開基とされており、その由緒によるものなのでしょう。左側の宝篋印塔に、天明7年(1787)の陰刻があります。
裏手には僧正玄昉(げんぼう)の墓があります。彼は阿倍仲麻呂・吉備真備らと共に遣唐使として中国に渡航し、留学僧として中国に18年間滞在。当時の皇帝である玄宗から称号を与えられたりするなどして帰国。
ところが天平17年(745)に藤原仲麻呂と対立したため失脚して左遷され、観世音寺別当となりました。翌年死去したそうですが、『続日本紀』によると、政敵である藤原広嗣の祟りとも言われたそうです。
この墓は胴塚と伝わっているそうですが、この地域では珍しく板碑になっています。いつのものかはわかりませんでした。
観世音寺については次回。
■福岡県太宰府市
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