大宰府(8) 太宰府天満宮

最後はもちろん太宰府天満宮。菅原道真の墓所に、延喜19年(916)に建立。10世紀末に道真に対して「天満大自在天神」という神号が贈られたことにより、「天神」という呼び名が定着しました。
左遷された道真の祟りを恐れて建てられたという話はよく知られていますが、中世まで降ると、学問の神としての信仰対象となるようになり、現在に至っています。右写真の本殿(重要文化財)は16世紀末期頃の築とされています。
とはいえ実は、前近代では神社というより寺院としての性格が濃厚で、安楽寺と呼ばれていました。中世では多くの僧兵を抱える地域の有力な権門寺院となってゆきます。
菅原氏一族の大鳥居氏らが朝廷からトップの別当に任命されていましたが、実際に下向することはほとんどなくなり、留守居として現地の僧侶が取り仕切っていたとされています。
境内には坊舎だけではなく塔も建っていたようですが、近代の廃仏毀釈によって破壊され、寺院の痕跡は今ではほとんど見られません。
境内に建つ志賀社(重要文化財)。ここで足を止める人はあまり居ませんが、境内では最も古い建築物で、長禄2年(1458)築。祭神は「海神綿津見三柱神」。
「ワタツミ」といえば対馬。安楽寺が海上の安全を祈願して勧請したと言われており、海上交易との関わりを窺うことができます。
九博へ行く道すがら見かけた「如水の井戸」。豊臣秀吉の側近として知られ、福岡藩の礎ともなった黒田孝高(よしたか)が、ここに草庵を建てた名残なんだそうです。
太宰府といえば飛梅。そして梅が枝餅(笑)。観光地の名物にしては美味いと評判なんですが、賞味期限が短いため買うのはあきらめました。
■福岡県太宰府市
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