本間氏墓所
厚木の建徳寺には、本間氏累代の墓があります。
本間氏は村上源氏の末裔を称する(実際は武蔵横山党小野氏か)海老名氏の一族で、源平期に本間能忠が相模国高座郡本間(現神奈川県座間市)に居住したことにより、本間氏を名乗ったとされています。その後同国愛甲郡依知郷(現神奈川県厚木市)に移ったとされ、この墓所はその居館跡とされる地にあります。
以後佐渡国守護(実際は守護代か)となって土着したことは知られていますが、本貫である依知郷に一族が残っており、この墓は南北朝から室町期にかけてのものと考えられているそうです。
本間氏は元々は大仏北条氏に属したようですが、相模に残った一族は鎌倉幕府滅亡時に南朝方へ寝返り、新田義貞と行動を共にしている様子が『太平記』に描かれているとか。当時の人である本間資忠が正平13年(延文3、1358)に武蔵多摩川矢口(現東京都稲城市)で義貞の子・新田義興とともに戦死。
この時没落したとみられ、その後は足利将軍家の近習となったとも言われています(…が、実際はどうでしょう?)。

元々は生け垣に囲まれて並んでいたそうですが、近年の墓地の整理によってこのように並べ替えられたそうです。
周辺には本間氏にまつわる伝承のある寺社がいくつかあるようなので、時間があればじっくり歩いてみるのもいいかもしれませんね。
■神奈川県厚木市
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