戸沢家墓所

新庄藩主である戸沢氏の墓所です。菩提寺の瑞雲院に隣接し、当地では「御霊屋(おたまや)」と呼ばれています。初代藩主の戸沢政盛から、2代目の正誠(まさのぶ)を除く10代の墓があります。
各地に歴代藩主の廟所はありますが、このように茅葺きの覆いのある所を見るのは私は初めてでしたので、新鮮でした。6つの建物からなっていますが、それぞれ時代による建築様式の変遷があるそうです。

戸沢氏は桓武平氏貞盛流とされ、源頼朝の奥州征伐に従軍して奥州岩手郡雫石(現岩手県雫石町)に土着した一族と言われています。その後出羽国角館(現秋田県仙北市[旧角館町])に移って、隣接する小野寺氏と激しい抗争を繰り広げたそうです。
戸沢氏は秀吉の関東征伐にいち早く呼応して小田原へ参陣したり、関ヶ原合戦では徳川方に味方して乗り切っていますが、佐竹氏と入れ替わる形で常陸小河(現茨城県小美玉市[旧小川町])へ転封。山形の最上氏が改易になると、代わって山形に入った鳥居氏の与力の形で当時の当主・戸沢政盛が新庄に復帰し、18世紀初頭に正式に大名となりました。
このように時流を読んで栄転しながらも一度は関東に移されており、翻弄された東北の領主の苦労が垣間見えます。結果として東北に復帰した後はそのまま根を下ろし、この廟所も大名としての確立を祝うかのように、18世紀初頭に初めて築かれたようです。
■山形県新庄市
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