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2009.02.08

「中山通宝」について

たまたま「なんでも鑑定団」の再放送を見ていたら、琉球の銭貨とされる「中山通宝」(ちゅうざんつうほう)6枚が出ていました(こちら)。
こういうのって値段付けられるものなのか?なんて思ったりもしたんですが、そこはそれ、どうしても付けざるを得ませんわなあ(笑)。1枚50万円で、珍しく客席が沸いてましたね(「なんでこんなのが??」って感じで(笑))。

中山通宝は拓本の図版で見たことはあったのですが、実物(の映像)を見たのは初めてでした。
実はこれを出品した方、既に沖縄の蒐集家としてちょっとした有名人です(こちらとかこちらとか)。マスコミに顔を出すのがお嫌いなのか、番組にはいとこ?の方が出ておられましたが。

番組中の解説はわりと適切だったと思います。元々古琉球時代(日本では中世の時期)に琉球で鋳造されたと考えられている銭貨は3種類あって、それぞれ「大世通宝」「世高通宝」「金円世宝」と鋳込まれています。前2者はわりと見かけるんですが(それでもだいぶ少ないですけど)、最後のものはほとんど発見されておらず、まして「中山通宝」は17世紀の記録に見られるものの、最近まで実物が見つかっていませんでした。それを個人で複数枚所蔵しているというのは、ほんとに驚くべきことです。

で、この中山通宝、同時代史料には出てこないので年代や鋳造の経緯がほとんどわからないわけですが、今のところ14世紀後半の「三山(さんざん)時代」に中山王だった察度(さっと)によって鋳造されたとする説が有力になっています。

ただ、実際の所どうなのでしょうねえ?
形状としては、中国銭や大世通宝などと比べてかなり小さいようで、鳩目銭(はとめせん、琉球で造られた輪っかのような銭、写真はこちらを参照)にかなり近いようにも思います。はっきりとはわかりませんが、「封印銭」(琉球のサシ銭)に入っていたようなので、無文銭や鳩目銭を共伴していたとも考えられます。

無文銭や鳩目銭は16世紀以降に多く造られたようですが、以上のことを考えると、中山通宝だけがそこから200年も遡ることができるかどうか気になります。
番組中で鑑定士の方が、14世紀に中国でよく似た銭(粗悪銭か)が流通していて、それを真似て実験的に造ったのではないか、というようなことをおっしゃってましたが、そんな話あったっけ…?(上記記事のリンク先でそうおっしゃっている方がおられるようですね)

ま、とにかく文献が無いので判断は難しいところでして、「研究がほとんど進んでいない」という番組の解説は事実です(笑)。琉球の銭は史料で追うのが難しいのでなかなか大変です。

ともあれ、偶然ですが、見られて良かったです(笑)。

<参考文献>
古田修久「中世から近世前期の九州・沖縄の銭貨―古銭学的観点からの分類―」(『出土銭貨』23、2005年)

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