旧松応寺観音堂・八幡神社石鳥居
山形市南部、蔵王を望む地域にある文化財2件を。
まずは松尾山観音堂。かつては松応寺という寺院で、この観音堂は重要文化財に指定されています。
延宝6年(1678)の「松尾山松応寺記」という史料(縁起でしょうか)によると、和銅年間の創建とされていますが、南北朝期に山形に入ってきた斯波兼頼によって築かれたという説もあるそうです。
実際には室町後期と考えられていますが、最上氏によるなんらかの援助はあったかもしれません。この観音堂は、その頃のものと推定されています。

堂内を撮らせていただきました。
この観音堂は方三間の宝形(ほうぎょう)造りと呼ばれるものだそうで、正面中央には一間の向拝(こうはい)があり、中央の方一間を内陣とし、その外側は外陣となっています。
面白いのは、天正19年(1591)や慶長14年(1609)などの年号の入った参詣者の墨書が残されていることです。
しかし、中は暗くて、私は見つけられませんでした…。残念。
こちらは成沢地区にある八幡神社の石鳥居(重要文化財)。当地に伝来する文書から、この鳥居に使われた石材は天仁2年(1109)に採取されたとされています。史料そのものは後世のもののようですが、平安期のものなのは確かなようで、日本最古の石鳥居とされています。
石は凝灰岩で、高さは4メートル強あります。この地区の東方にある龍山に興隆した仏教文化の遺物とされているそうです。「仏教文化」として鳥居が造られるところが面白いですね。
山形市内には、もう一つ元木(現鳥居ヶ丘)地区にも石鳥居が遺っているのですが(こちらも重要文化財)、こちらには今回行けませんでした。また機会があればいずれ。
■山形県山形市
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