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2009.04.20

明王院と草戸千軒

KusadomyooinKusadomyooin_7これからは、先月に行った広島シリーズです。たくさんあるので、長丁場になると思います。

まずはじめは、草戸千軒遺跡の脇にある明王院。大同2年(807)に空海の開基と伝わっており、もとは常福寺と呼ばれていました。備後国を貫く芦田川の河口付近右岸に広がっていた「草戸千軒」は、この常福寺の門前町として発展したと考えられています。
17世紀半ばに、福山藩主水野勝貞が城下にあった明王院をここに移して今の寺名となり、現在に至っています。


Kusadomyooin_2Kusadomyooin_5左写真は本堂(国宝)。戦後の解体修理によって墨書銘が発見され、それによると元応3年(1321)築であることがわかっています。様式は、和様・大仏様・禅宗様が合わさった折衷様で、本尊は10世紀前半のものとされる木造十一面観音立像(重要文化財)です。
右写真は、近世に建てられた書院。

Kusadomyooin_6そしてもう一つのメインは、この五重塔(国宝)。堂々たる佇まい。貞和4年(1348)築です。南北朝期の様式をよく表したものとされ、解体修理がされたことはありますが、現在もほぼ創建時のままだそうです。
内部には壁画が描かれていましたが、17世紀初頭には劣化が心配されており、福山藩主の水野勝俊によって取り外されて保存されて後、今は東京国立博物館で保管されているそうです。今の壁画は、近世に描かれたものと考えられています。


Kusadomyooin_11Kusadomyooin_13境内には、中世の石造物が並べられています。
これは、芦田川の河川改修工事や草戸千軒遺跡の発掘によって発見されたものです。なので積み方は結構いい加減ですが(笑)、これだけたくさん並んでいると壮観。
Kusadomyooin_14一つだけ、ほぼ完全な形の一石五輪塔がありました。
この地域では結構珍しいような。年号と思しき字があって読んでみたのですが、残念ながら読めませんでした。南北朝期頃かなあと勝手に想像していますが。

Kusadomyooin_16そしてこれが、明王院の門前を流れる芦田川。中州が草戸千軒遺跡です。発掘成果によれば、13世紀半ば頃に町が成立したものと考えられ(それゆえ、実際には常福寺もこの頃の成立と考えるべきか)、14世紀にかけて急速に発展していきました。14世紀後半に一度衰退したようで(南北朝内乱によるのでしょうか)、15世紀に復興してゆきます。
ただ応仁の乱を境にまた衰退に向かい、16世紀初頭に廃絶したと考えられています。この地域の領主であった渡辺氏が本拠を移したことが影響したためではないかとされているようです。

遺跡からは中世の流通や生活を物語る多くの遺物が出土しており、いずれも広島県立歴史博物館に所蔵・展示されています(一部は重要文化財)。残念ながら遺構の現物はもう見られませんが、博物館で忠実に復元されています。

参考文献:
鈴木康之『中世瀬戸内の港町・草戸千軒町遺跡』(シリーズ「遺跡を学ぶ」40、新泉社、2007年)
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■広島県福山市

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