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2009.06.22

尾道(3) 西国寺

Onomichisaikokuji_1Onomichisaikokuji_8高台というか、尾道の背後の山の山腹あたりにある西国寺(さいこくじ)。寺伝では、行基の開基と伝わっています。
治暦2年(1066)に火災があって伽藍が焼失した後、住持の慶鑁(けいばん)が白河院を頼って復興が果たされたとされています。西国でも最大規模の伽藍を誇ったとか。

その後衰微した上に14世紀後半にはまた火災に遭ったようですが、備後守護山名氏の保護を受けて再興。再び伽藍を構えています。
左写真の仁王門は安土桃山時代のものとされています。毛利氏あるいは水野氏が再建に関わったのでしょうか。大きな草履が有名です。

Onomichisaikokujiこちらは金堂(重要文化財)。
至徳3年(1386)築。和様を基調にした折衷様式。現地看板によると、「入母屋造の妻飾は二重梁大瓶束で屋根に重量感をもたせ、規模も壮大で手法上も全体より受ける感じは和様の風格が濃厚な堂々とした建物である」そうです。

Onomichisaikokuji_11Onomichisaikokuji_14左写真は、境内の一番高い所にある三重塔(重要文化財)。麓からも見え、このお寺のシンボルのような存在です。
永享元年(1429)築。将軍足利義教によって建立されたそうです。わりとどっしりとした外観でした。

右写真は、三重塔から少し下りたところにあった墓所の片隅に置かれた古い石造物たち。近世のものがほとんどだと思いますが、中世のものもあるかも?

■広島県尾道市

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