尾道(6) 持光寺
寺伝によると、淳和年間(9世紀半ば)に最澄の弟子の持光上人によって建立されたと言われています。はじめは天台宗寺院で、天禅寺という名でした。
仁平3年(1153)の「絹本着色普賢延命菩薩像」(国宝)を所蔵しています。この画像は、近衛院の息災祈願のために作成されたとのことだそうです。
その後は一度衰微したのでしょうか。永徳2年(1382)に善空頓了上人という人によって再興され、この時から浄土宗となり、持光寺の名になりました(ただし両者の寺院にそもそも関係があるかどうかは、見解の分かれる所のようです)。
お目当てはこの石塔。室町期の「国東(くにさき)塔」と呼ばれる形式のものです。名前の通り、現在の大分県国東半島を中心に分布する石塔で、現存するものは9割以上が国東半島に分布しており、他地域では極めて珍しいです。
国東半島からやってきた人(商人?)が尾道で葬られたのでしょうか。中世の瀬戸内海流通と関わって、いろんな想像を掻き立ててくれます。
■広島県尾道市
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