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2009.10.15

高野山一心院谷の史跡

Tokugawareidai_6高野山のうち、蓮華定院もある一心院谷と呼ばれる地域の史跡です。

まずは、徳川家霊台(重要文化財)。徳川家康と秀忠親子の霊廟です。寛永18年(1641)の墨書が確認されており、この頃に建てられたと考えられていますが、落慶は寛永20年(1643)とされています。様式は唐様。

Tokugawareidai_2Tokugawareidai_4左写真は家康、右写真は秀忠。並びとしては、右側が家康で左側が秀忠です(逆になって紛らわしくてすみません)。

微妙に彫刻に違いはありますが、様式はほぼ同じで、同時に建てられたと考えてよいようです。境内の石灯籠には「大塔御再興、霊台御造営」とあることから、高野山伽藍の大塔再建と同時に造営されたと考えられています。
材木は高野槙を使っているそうですが、大塔再建のものを一部流用したとも言われています。
屋根は、当初は銅板葺で、一度明治末期に檜皮葺に変えたそうです。今は瓦葺のように見えますが、銅板葺のようです。

Nyonindoこちらは、女人堂。高野山の北西側入口である不動口にあります。女人禁制の地域の境界にいくつか建てられていたものですが、現存するのはこれが唯一とのことです。
女人禁制の地域は徐々に狭まったものの、千年にわたって、ここから先には入れなかったそうです。境界に沿うようにして道が巡っており、この道は「女人道」と呼ばれています。女人道については次回。

NamikirifudoRengejoin1_8左写真は、高野山南院。本尊の不動明王像(重要文化財)は空海の作とされ、浪切(なみきり)不動尊と呼ばれています。平将門の乱を鎮めたという伝承などがあります。
蒙古襲来の際には、博多まで不動像を持ってゆき祈祷までしたそうで、それによってモンゴル軍を斥けたという伝承が広がり、篤く信仰されてゆきました。浪切不動は航海の守護として各地で信仰されていますが、ここが本家本元。
本尊は秘仏ですが、6月28日だけ開帳されるそうです。

右写真は、蓮華定院のお隣西室院(にしむろいん)にある五輪塔。源頼朝・頼家・実朝三代の供養塔で、高野山では最古の石造物とされています。こちらも、かなり規模の大きな宿坊のようですね。

■和歌山県高野町

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