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2009.12.24

貨幣考古学について

先日、櫻木晋一『貨幣考古学序説』(慶應義塾大学出版会、2009年)の合評会に出席しました。

「貨幣考古学」といっても聞き慣れないと思うのですが、発掘調査で出土した貨幣(主に銭貨)を分析することを主として新たに打ち立てられた分類で、まさに本書によってその成立が謳われています。
本書にも書かれている通り、この分野の礎を築いたのは、故鈴木公雄氏でした。残念ながら道半ばにしてお亡くなりになりましたが、櫻木さんはその意志を受け継いだと述べられています。

歴史考古学そのものが考古学の中ではどちらかというと傍流のイメージがありますが(今はそうでもないかもしれませんが)、しかも「どこでも出る」と言われる銭貨を研究対象とする動きはこれまでほとんど無かったとされています。今でも各地で発掘された銭貨の分析はほとんど進んでいないわけですが、それを克服するためには、まずは研究者の意識を変える必要がある。…というのが、櫻木さんが本書を上梓された目的の一つとのことです。

「序説」とある通り、まだ学問分野としては始まったばかりで、方法論の洗練もこれからの課題です。しかし、全国各地(さらにベトナムも)での銭貨の出土状況を網羅している上、化学分析を含めた詳細な調査データも余すところ無く示されており、今後の研究において必ず参照される一冊になるものと思います。

過去には、一括して大量に発掘された中世の銭貨について、それが呪術的な目的で埋められたものであるか、備蓄のために埋められたものであるかで激しい論争がありました。今は「ほぼ備蓄目的」ということで理解が共有されているように思いますが、「ほぼ」と留保するように、そもそも個別の発掘事例個々でその目的を分析せねばならない話です。
なので、これら一括して大量に出土する銭貨に対する呼称を「埋納銭」あるいは「備蓄銭」とすることは具合が悪い。かつて峰岸純夫氏が「埋蔵銭」と呼ぶことを提言されましたが、本書では「一括出土銭」と呼ぶことを提唱しています。これが定着するかどうかはわかりませんが、私は従いたいと思います。

もっとも、気になったところもあります。たとえば所々記述が重複していたり、専門用語の解説にやや不足を感じるところもあるわけですが、それは私を含めて学恩を享受する者の課題でもあるでしょう。


中世日本の貨幣史研究は、文献からのアプローチではそろそろ限界が見えてきました。そうであるからこそ、遺物(現物)から見た考古学的アプローチがなお一層重要になってきます。文献側からすれば、今後の発掘調査の進展によって自説が完全にひっくり返る可能性もあるわけで、戦々恐々とします(笑)。
とはいえ、文献史においてもさらなる理論の洗練がまだまだ必要だとは思いますので、仮説が発掘成果と一致する“悦び”を感じる日が来るよう、文献側の一員として諸賢と協働してゆければと思います。ここ数年はその機会に恵まれていましたが、これからどうなるかは今のところ不透明なのがやや気がかりです。

4766416201貨幣考古学序説
櫻木 晋一
慶應義塾大学出版会 2009-06

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以下余談。
ちなみに、前近代の東アジアから東南アジアにかけて主に流通した円形方孔の金属貨幣について、一般に呼び習わされる「銅銭」ではなく「銭貨(せんか)」という呼称を使うのは、貨幣であるという含意を強調するためでもあるのですが、銅以外を主成分とする銭も多いことや、「銅銭」と呼んでいるものですら必ずしも銅だけで組成されてはいないことにもよります。なので、「銭貨」には鉄・真鍮・鉛・亜鉛などを主成分とする銭も含まれます。

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