記事検索

  • Googleによる全文検索

    ウェブ全体から検索
    サイト内検索
無料ブログはココログ

Tools

« 地域史の新著と名著を拝受 | トップページ | 有楽苑(如庵) »

2010.01.17

震災15年

珍しく一日で二つ目の記事ですが、やはりこれは書いておかねばならないということで。

私は、「その日」には既に四国にいたので、実際に体験はしませんでした。しかし、生まれ育った地が大きな被害を受けたことは衝撃でしたし、しかもその前後で街の姿が一変してしまい、なんだか私の故郷としての“記憶”が一挙に奪われてしまったような寂しさを感じてきました。
単純に神戸を離れてもう長くなったので、よりその思いが深まりつつあります。先日神戸に帰ったのですが、帰るたびに変わっていきますねえ(それは都市の活性と言えなくもないが)。もちろん変わらないものもあるんだけど。

あくまで主観的感想ですが、震災の記憶もやはり風化しつつあるように思えます。地元に帰っても、周囲で震災の話題が上ることはまずなくなりました。
まあ、それは復興の一指標として前向きに考えてもいいのかもしれません。ただ、不幸にも震災後は不況が続いたこともあってか、今も激甚だった地区ではなかなか復興が進まず、そのまま寂れる一方となった所もあるのも気がかりです。
もちろんそういった地区の復興もこれから進んでいくならば、さらに記憶の風化は進むのでしょう。もう15年もすれば世代も入れ替わりますから、その頃にはおそらく「記憶」は「歴史」になりそうです。そうなれば、精神面でも「復興」したとは言えるのかもしれません。

その時、神戸はいったいどんな街になっているんだろうなあ。
少なくともその頃には、もう私の故郷ではなくなっているかもなあ…(そもそも親もいつまで生きるかわからんし)、と思ったりもします。
10周年の時の記事と読み比べてみると、私の考えも変わったのか、いや、変わってないのか…?


今も各地で地震の被害は絶えないわけですが、明日は我が身ですねえ。その備えをまったく怠っているわけですが、ちょっと考えないとなあ…と、これを機に少しは思いを新たにしたいと思います。というか、なるべく忘却しないようにしたいと思います、と言った方が建設的な目標かもしれません(笑)。

ともあれ、せわしない日常にあって、少しでも地震というものについて考える一日になればいいなと思います。

« 地域史の新著と名著を拝受 | トップページ | 有楽苑(如庵) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/20022/47314059

この記事へのトラックバック一覧です: 震災15年:

« 地域史の新著と名著を拝受 | トップページ | 有楽苑(如庵) »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Amazon

最近のトラックバック