稲村御所跡
篠川から南へ数キロ。車で15分ほどでしょうか。平地の高台にある稲村御所跡です。
篠川に派遣された足利満直とともに、その弟に当たる足利満貞もまたこの地に派遣され、「稲村御所」と呼ばれました。その居所がここだったとされています。

内部はこのような感じ。結構広大に見えました。今は畑になっています。
足利満貞は兄の満直と同じく反鎌倉府の伊達氏などを抑える役目を担っており、近隣の二階堂氏らとともにそれに当たっていました。しかし満直が幕府方に転じると満貞の勢力は衰え、応永31年(1424)に満貞は稲村を退去し鎌倉に戻ったとされています。
満貞は20年余ほどこの地を拠点としていましたが、政治的にはあまり大きな役割を果たせないまま撤退していったようです。兄とは異なり満貞は終生鎌倉府方にあって活動し、永享の乱で敗れて鎌倉で自害しました。
こちらは周辺の風景。広大な田園風景が広がっています。逆に言えば、なにもない…(笑)。
当時も同じだったとは断言できませんが、比較的肥沃な土地柄にあると思われます。あえてそのような場所を拠点に選んだのかな、と。
■福島県須賀川市
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