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2010.11.15

捏造事件から学ぶこと

岡村道雄『旧石器遺跡捏造事件』(山川出版社、2010年)読了。

世間的には今更感がないでもないけど、かの捏造事件を毎日新聞がスクープしたのは2000年11月5日。ちょうど10年を期に出版されたもの。発覚直後、著者は関連する遺跡の発掘に関わっていたために、マスコミに捏造の張本人とも疑われたことのある人なので、コンセプトとしては内在的な検証ということになるのでしょう。

いくつか記述の重複がある気もしたけど、捏造に関わった遺跡の調査の経緯について丁寧に記述されていて、具体的によく理解できました。もちろん著者の記憶に負っている部分も多いでしょうから、客観的な検証を経たものかどうかは留保が必要でしょうけど。

既に出されているほかの検証本でも書かれていることだと思いますが、結局のところ類例の少ない旧石器の傍証手段がほとんど無かったことが、捏造を見抜けなかった要因の一つだったようです。この点、考古学は比較的客観性の高い自然科学的手法が導入されているからこそ、むしろその結果に対する批判や再検証をしにくくする側面があったのかなあ、などと思ったりしました。

この点文献史学の側では、歴史的事実の発掘については相当の客観的手法が確立されているとはいえ(だからこそ史料の偽造という行為が時々ある)、研究の目的である歴史像の提示については常に仮説に留まり批判に晒されるという人文科学特有の性格を持っているので、この事件のような懸念は比較的小さいかもしれません(時折ある研究者の学説が「教典」のように信奉されることはあるが、それに対して批判的な研究者が絶滅することはない)。しかし、著者の述懐・反省は他山の石としたいものです。

研究を続けていくと知己の方々も徐々に増加しますし、それらの方々と協働することもキャリア形成(=歴史像の構築)のためには必要になることが多いので、必然的に馴れ合いの関係が多少なりとも生じてきます。旧石器の分野については、関わる研究者の「仲間意識」が四半世紀にもわたる捏造の温床になったようですが、かといって研究者同士が常日頃猜疑心をもって火花を散らすというのも現実的でもないわけですから、この辺のバランスをどう制御するかが課題ということになるでしょうか。

世間的には、捏造の張本人であるF氏(一応イニシャル)が指を切り落としていた話とかがセンセーショナルに報じられていますが、ともあれF氏を断罪して終わるのではなく、学問に携わる人すべてがこの事件からどんな教訓を得るか、というのが大事なのでしょうね(まあ、こんなことは私が言うまでもないことなのですが)。

本書の読後感はあまり清々しくはないですし、著者以外のF氏周辺の人々についての言及が少ないなどやや不満の残る点もありますが、学問とは何かを振り返る機会にはなる一冊といったところでしょうか。

4634150085旧石器遺跡捏造事件
岡村 道雄
山川出版社 2010-11-03

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