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2011.06.15

研究者からみた史学史という叙述

『歴史評論』732号(2011年4月号)の特集、「時代の奔流と向かい合って生きた歴史家たち」読了。対象とされる歴史家は、久米邦武、朝河貫一、西岡虎之助、清水三男、石母田正、網野善彦の各氏。多少時代の幅はあれども、おおむね戦前から戦後にかけて活躍した人たち。とりわけ1950年代前半に登場し、挫折した「国民的歴史学運動」をめぐる石母田・網野両氏の姿を活写した論考はとても興味深かったです。

これらの歴史家は多くが中世史を専門としており、いわば日本中世史が最も光を放った時代だったという感慨に浸りました(当時は維新後が歴史学としては研究対象にはならなかったという事情もありますが)。また、単なる学問の歴史という意味ではなく、当時の世相や政治の動向とも大きく関係して学問が展開するという、この時期までの史学史の持つ生々しい特質がしっかり描写されており、当時の時代像を理解する上でも大いに資するものとなりました。以後の歴史学は「科学的」たらんとして精度を高め、理論的な議論が活発化していきますが、一方である種の「敗北」によって、直接政治や社会に対して提言を行うという姿勢は遠のいていった感があります(間違っているかもしれませんが)。

もちろんそのような動向が誤りだったとか、そういうことが言いたいわけではありません。なぜ1960年前後を境としてこのような転換が歴史学全体の傾向として起きたのか。もちろんこの時代は安保闘争などもあったりしましたが、そういった社会情勢の中から史学史を説き起こし、新たに歴史学を学ばんとする若い人たちに伝えて行かねばならないなあ、などと感じました。

しかし、それを行うに最もふさわしい場であるべき大学では、このような議論を行う場が基本的に設定されていません(もちろん独自にゼミでやることはできますが、カリキュラムとしてはない)。かつては史学概論のカリキュラムはありましたが、一般的にはむしろ西洋の歴史哲学史が中心で(ランケとかマルクスとか、あるいはカー)、「日本の歴史学の歴史」を学ぶ機会というのは元々ほとんどなかったかと思います。

それがただちに問題というほどでもないかもしれませんが、個々のテーマにおける研究史を的確に理解をする上でも、それぞれの時代の研究者が持つ問題関心の基底を正しく理解することが必要であり、そのためには史学史への通暁が求められることでしょう。そしてそれは、時代が進むにつれてますます難しくなるように思われます。
将来の世代が「戦後歴史学」やその基礎の上にある現在の歴史学の「流れ」を的確に理解するためにも、時折このような特集が組まれることを期待したいところです。もっとも、単なる「伝記」ではあまり意味がないわけで、その歴史家の生きた時代とはどんな時代だったか、という視点が欠かせません。今後の展開を期待します。

B004PZSAEY歴史評論 2011年 04月号 [雑誌]
校倉書房 2011-03-14

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