満願寺

川西の市街地から山をかなり登った所(といっても、途中はほとんど宅地化していますが)にある満願寺。
縁起によると、奈良時代に聖武天皇の命令によって勝道上人という人が創建したとされています。安和元年(968)に源満仲が祈願寺としたとされており、実質的にはこの頃に築かれたのでしょうか。以後は室町期に至るまで源氏一族から保護を受けたようですが、戦国期に焼失。その後再建されたそうです。
右写真は山門ですが、両脇に並ぶ仁王像は鎌倉期のものとされています。

左写真が本堂。右写真は、本堂脇にある石造九重塔(重要文化財)。銘によると、正応6年(1293)に源氏の一族という妙阿という尼が、父母の極楽往生を祈願して造立したそうです。近世に、この下に法華経を埋めて供養したことから、法華塔とも呼ばれています。

左写真は、「源家の七塔」と呼ばれる五輪塔群。右から、伊豆守源国房、出羽守源光国、下野守源明国、下総守源仲政、山県三郎国直、摂津守源行国、兵衛大夫蔵人国基の供養塔とされています。いずれも源満仲の子孫に当たる多田源氏の人たちでしょうか。五輪塔自体は中世後期くらいかなあという印象ですが、いかがでしょうね。
右写真は、右から藤原仲光、美女丸、幸寿丸の供養塔とされる五輪塔。例の身代わり事件のエピソードになった人たちですね。現地看板によると、室町期のものとされていますが、「七塔」よりはやや新しいかなあという印象。
あとはそういえば「坂田金時の墓」なんかもあったように記憶していますが(経緯はよく憶えていません)、写真は撮らず。
■兵庫県川西市
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