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2011.12.28

「中国化」という視点

與那覇潤『中国化する日本―日中「文明の衝突」一千年史』(文藝春秋、2011年)読了。日本近現代史を専門とする若き研究者が、大学で行っている講義をもとに書かれた一冊。
内容は中世以降の日本通史といったところですが、その切り口は従来のものとは異なり、「中国化」というユニークな概念を用いています。そこでモデルにされる「中国」とは、宋朝の中国(本書では「近世」とする)とします。一方日本の近世(江戸時代)をもう一方の極に設定し、日本の歴史は「中国化」と「江戸時代化」の鬩ぎ合いによって展開したという見解が本書の主題となっています。

では、具体的に言って宋朝のどのような部分が「中国」的であるか。内藤湖南の見解を引きつつ、「経済や社会を徹底的に自由化する代わりに、政治の秩序は一極支配によって維持するしくみ」(31頁)であるとし、具体的な政策としては科挙制度と「郡県制」に注目しています。門戸を基本的に問わない官僚採用システムを取り入れたことで身分制を廃止した一方、地縁や同業者などによる共同体のような中間的組織を排除し、政治権力を中央(皇帝)が掌握する政治体制が具体的にイメージされていると理解しました。(もちろんほかにも挙げられている要因はあるのですが。)

「郡県制」に対置される概念は、「封建制」だとします。日本の近世ではこの封建制が強固であり、身分制の存在はもとより、中央権力が一手に権力を引き受けるのではなく、その下で様々な共同体が福祉などを分掌して社会が成り立っていました。そして日本では明治維新によって「中国化」を図りながら、明治中期からこの「江戸時代」的な社会への回帰が進み、結果的に到達した極点が大戦期の「総力戦体制」であり、これは実は極端に社会主義的な要素を持っていたと指摘しています。この辺りのダイナミズムの描写は、さすがこの時代を専門とするだけあって、興味深かったです。


ほかに内容は多岐にわたるのですが、要点を整理すればこんなところでしょうか。個人的な感想としては、大学の授業としてはアリだなと思いました。教養としての日本史をどのような形で大学での講義として成立させるかと考えた場合、著者が端々で指摘する最新の研究との橋渡しとなる役割が必要でありますが、その点は多くの参考文献が掲載され、さらには年表や索引といった気配りもあって、意欲がよく伝わってきます。そして講義では、淡々と歴史の流れを解説するのではなく、ある程度大胆な枠組みの提示や話術によって聴衆を惹き付ける努力も必要です。その意味で、このようないわば「大胆な仮説」は私にとっても大いに参考になります。

むろん、特に中世で細かい部分かもしれませんが気になった箇所はありました。例えば平氏がグローバル化に対応して貨幣(中国銭)の積極的受容を図った(「中国化」)のに対し、源氏はどちらかというと鎖国的な姿勢を崩さかった(「江戸時代的」)という二項対立的な視点は、ほかの時代の叙述でも常に見られるわけですが、もちろん歴史はそんなに単純な話ではありません(代銭納はむしろ東国から普及していきます)。ただ、だからといって本書を全否定するのではなく、中世なら中世の専門家として、丁寧な分析を対置しながら議論を深めるような建設的な動きへと進むことを期待したいところです。

無い物ねだり的に気になったのが一点。権力(支配者)と民衆(被支配者)との関係を考えた場合、税の位置づけは重要なわけですが、歴史的に見れば、日本においては古代以来人頭単位での賦課を建前とする一方で、実態としては、中世から近世にかけては共同体単位で負担する(内部での負担割合は共同体自身が調整する)体制がむしろ“下から”出来上がるという点が注目されます。本書でも村請についての言及はありますが、本来の人頭単位賦課がまさに「中国」的な賦課体系と見れば、近代の税制改正はまさしく「中国化」の根幹であり、「江戸時代」的な村請の否定によって新たに整備されたものということになるのでしょう。このような歴史を持つことを踏まえた上で、現在もかまびすしい税の問題をどのように歴史の延長線上に位置づけられるかについて、近現代史の専門的な視点から踏み込んだ見解を聞いてみたいと思いました。

あとは余計な一言ですが、やや時事的なエピソード(ネタ)が多くて、かえってそれが本書の賞味期限を縮めてしまう懸念があります。その際には増補改訂版を出されるのでしょうかね(笑)。ともかくも、本書は世間の注目を集めているようですが、歴史認識に関する冷静な議論の深化を期待したいところです。

4163746900中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史
與那覇 潤
文藝春秋 2011-11-19

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コメント

しかし、いまだにリンクがうまく表示されませんね。ニフティ仕事しろよ。
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20111123/p1

>御座候さん
概説となると、すべての要素を織り込むのはどだい不可能な話なので、どこかを犠牲にしないといけないのですが、「下から」の視点は戦後歴史学の一貫した視座なだけに、その点はどこかで注釈を加える方が親切かもしれませんね。特に大学の講義では。

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