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2012.05.16

白川郷

Shirakawago_88Shirakawago_105飛騨といえば、誰もが思い浮かぶであろう世界遺産の白川郷。高速道路が出来てだいぶ行きやすくなっていました。といっても、私は今回初訪問だったのですが。

元々は摂関家領の白川荘があったとされた地域ですが、中世になると真宗の道場が築かれ、その後成立した照蓮寺(現在は高山別院として高山市街に所在)が真宗の拠点となっていきました。
15世紀後半になると、信濃国松代(現長野市)出身という内ヶ島氏がこの地へ移り勢力を拡げたとされています。この内ヶ島氏は真宗とも関係が深く、一向一揆と関係を結んで戦国期には所領を拡大していったようです。しかし天正13年(1585)の地震によって居城の帰雲(かえりぐも)城が崩壊。城下町もろとも壊滅したと伝えられ、内ヶ島氏も滅亡しました。

歴史的にも一向一揆の拠点となった地域として個人的には興味深いのですが、何よりも多くの人にとって白川郷といえば合掌造り。右写真は、その代表格ともいえる和田家住宅(重要文化財)。庄屋を務めた家だそうで、江戸時代末期の築のとても立派な家です。

Shirakawago_4Shirakawago_11まずは「合掌造り民家園」へ。周辺各地から移築された合掌造り建築が並んでいます。

Shirakawago_14Shirakawago_21こちらは、右写真の建物「中野義盛家主屋」の内部。上階及び屋根裏は養蚕のスペースになっています。

Shirakawago_52こちらは、馬狩地区から移された信称寺本堂。このお寺も真宗だったそうです。この地域独特の造りで興味深い。

Shirakawago_65Shirakawago_73さて、次は川を渡って対岸にある荻町集落へ。まとまって合掌造りの建物が見られる集落として、観光の中心となっている所です。
写真は、その集落の中にある明善寺。こちらも真宗寺院です。左写真が本堂で、右写真が庫裏。いずれも江戸時代後期の築とされています。

Shirakawago_107こちらは鐘楼。これも江戸時代の築とされています。豪雪地帯でも寺といえば多くは瓦葺きかこけら葺きですが、茅葺きはやはり珍しいですね。

Shirakawago_100Shirakawago_91そして、展望台として知られる場所は、城跡だったとされています。名前は荻町城跡と言うそうで、登山口に虎口とされる場所や、上には土塁・堀切の跡とされる遺構が遺っています。戦国末期まであったとされ、その頃の城主は山下氏勝というそうですが、真偽の程はいかに。

いずれにせよ、天気が良くてよかったです。観光客の数もすごかったですが。

■岐阜県白川村

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