記事検索

  • Googleによる全文検索

    ウェブ全体から検索
    サイト内検索

読んだ本・読みたい本

無料ブログはココログ

Tools

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012.06.28

高山別院・飛騨国分寺

Takayama_4Takayama_6こちらは高山別院。元は白川郷にあった真宗寺院で、近世に高山へ移りました。寺名は照蓮寺。移転の経緯などは高山城の方にある照蓮寺のところで触れましたが、高山が城下町として整備されるに当たって先に移転したのがこちらの寺院です。

今も多くの信徒がおられるのか、立派な境内でした。

Takayama_9Takayama_1高山別院から道を下ると、このような石垣がありました。おそらく近世当時のものだと思うのですが。

右写真は、城跡と別院の間にある高山市図書館。煥章館と呼ばれる趣のある建物。建物自体は最近のものですが、明治初頭の小学校の校舎を復元したものだそうです。

Hidakokubunji_1Hidakokubunji_4そして、JR高山駅の近くまで歩いて行くとあるのが、飛騨国分寺。同じ場所から古代の国分寺の遺構も発掘されています。国史跡。現在は真言宗の寺院になっているようです。

左写真の表門(山門)は元文4年(1739)築。右写真は本堂(重要文化財)。室町期の築とされています。

Hidakokubunji_3Hidakokubunji_2そして、左写真の三重塔が立派です。文政4年(1821)築。
右写真は鐘楼門。下層の部分は室町期のものとされています(上層部分は江戸時代)。梵鐘は、永正11年(1514)の銘があるそうです。

Hidakokubunji_7Hidakokubunji_10境内の一角の無縁墓を集めた箇所に、左写真のような古い五輪塔が。中世のものかどうかはわかりませんが…。

右写真は、本堂に掛かる鰐口。慶長3年(1598)の銘があるそうです。写真を見ると刻印は一部見えるのですが、年号までは見えませんでした。
このほか、平安時代の仏像を多く所蔵しています。国分寺としての機能がいつまで維持されたかはわかりませんが、当地における古刹として長く続いてきた様子が窺えます。

高山の史跡はここまで。次は南へ向かいます。

■岐阜県高山市

2012.06.24

【受贈】『豊臣政権の支配秩序と朝廷』

先日は国史学会の大会に出席しました。その折りに、矢部健太郎『豊臣政権の支配秩序と朝廷』(吉川弘文館、2011年)受贈。ありがとうございます。

豊臣政権の研究はもちろん長らくの蓄積があるわけですが、近年では新たに多くの若手研究者によって見直しの動きが盛んになっています。著者の矢部さんはそれを牽引するお一人であることは衆目の一致するところでしょう。
とりわけ貴重な成果であるのが、武家官位の実像を具体的に明らかにした点でしょう。近世で定着した武家官位についても、これまで多くの研究がありましたが、おそらくその創始であろう豊臣政権期については実像や運用があまり明らかではありませんでした。

本書にも収録されている論文によって、当該期は「公家成」「清華成」などの武家官位が編み出され、またその中においてもランク付けが厳然として存在していたこと、それが政権内での身分編成と大きく関係していたことなどが明らかとなりました。これは、当時の政権構造を考える上で重要な要素として今や常識にすらなっており、今や多くの研究で参照されています。
本書は、豊臣政権やその時代について知るためには欠かせない一冊ということになるでしょう。

ちなみに国史学会では刀狩令について、その歴史的意義を再検討しようという意欲的な報告をしておられました。大変興味深く、活字化を待ちたいと思います。

4642029052豊臣政権の支配秩序と朝廷
矢部 健太郎
吉川弘文館 2011-12-12

by G-Tools

2012.06.21

【受贈】『畠山重忠』

清水亮編著『畠山重忠』(シリーズ・中世関東武士の研究7、戎光祥出版、2012年)受贈。ありがとうございます。(内容はこちら

題名は畠山重忠となっていますが、この人物に限らず、中世前期(院政~鎌倉初期)に武蔵国を基盤とした秩父平氏の嫡流に当たる畠山氏に関する論考を集成した論集です。このシリーズはすごい勢いで刊行されていますが、それだけ中世の関東をフィールドにした実証研究の蓄積がすごいということでもあるんでしょうねえ。

単に過去の既発表論文をまとめただけではなく、冒頭に総論の形で研究史の整理や畠山氏研究の意味についての言及があり、勉強になります。近年は武士の研究が盛んと言われておりますが、本書をまた新たなきっかけとして議論がさらに活発化することを期待します。

今年はサマーセミナーで畠山氏の本拠地に行くことになるので、その点でもタイムリーかもしれませんね(笑)。
なお、巻末には畠山氏の関係史料も掲載されており有益です。

4864030669畠山重忠 (シリーズ・中世関東武士の研究)
清水 亮編著
戎光祥出版 2012-06

by G-Tools

2012.06.16

【受贈】『織豊期の国家と秩序』

三鬼清一郎『織豊期の国家と秩序』(青史出版、2012年)受贈。歴研大会の折にお会いした際、いただきました。ありがとうございます。いただけるとは思っていなかったので、大会で買おうと思っていたところでした。

言わずと知れたように、著者は織豊期研究の第一人者として長らく牽引してこられたわけですが、中でも主に織田・豊臣政権の構造に関わる研究を中心にまとめられたものです(もう一冊が秋に刊行されるようです)。著書の出版はいつかいつかと待ち焦がれ、ほとんど諦めかけていたところでした。重要な研究を多く発表されながら、掲載誌が紀要などもあったりとなかなか入手が難しいものもあったわけですが、(今はオンラインで読めるようになってきたとはいえ)これで容易に手に入るようになったのは、学界全体としても大きな意義を持つのではないかと思います。

もっとも、初出より長い年月を経たものもあり、現在の研究水準からすれば記念碑的と言えるものもありますが、巻末に補注の形で発表後の研究史についても触れておられるので、それによって現在の見解を理解することができます。
織豊期を対象とした研究は盛んですが、中でも本書は重要な位置を占め続けることでしょう。また、これを起爆剤として、さらに研究が刺戟されることを期待します。(まあ、他人事のように言ってはいけないのですが(笑)。)


また、これまで著者が一人で取り組んでこられた豊臣秀吉関係の文書集成については、今後データのオンライン公開も含めた方向性が「あとがき」で示されています。今なお精力的な活動を続けられていることに敬意を表するとともに、かかる壮大なプロジェクトの完成を心待ちにしております。私もお手伝いできることがあれば、と…。

4921145466織豊期の国家と秩序
三鬼 清一郎
青史出版 2012-06

by G-Tools

2012.06.10

第50回中世史サマーセミナーの案内

既にご存じの方も多いと思いますが、今年のサマーセミナーの案内です。50周年記念ということで、これまでのサマーセミナーを振り返るシンポジウムが企画されています。
以下に案内を転載します。なお、私は実行委員会には入っておりません。問い合わせにはお答えいたしかねますのでご了承ください。


中世史サマーセミナーは、日本中世史を学ぶ研究者が大学・学会・研究会の垣根を越えて一堂に集まり、研究成果の発表や史跡・史料の見学、参加者同士の懇談等を通じて、自身の研究を深め、視野を広げる場として毎年夏に開催されています。
 第50回目を迎える今年は、埼玉県嵐山町・群馬県太田市を主なフィールドとして開催することになりました。サマーセミナー50周年記念シンポジウム、50周年記念冊子の配布、金山城や長楽寺など新田荘関係史跡の見学、板碑群や城館跡群など埼玉県比企地方の史跡見学、中世文書見学等を予定しております。記念すべき第50回目です。皆さまのご参加をお待ちしております。

主催:第50回中世史サマーセミナー実行委員会(委員長:竹井英文、副委員長:丸山裕之・喜多泰史、シンポ担当:下村周太郎)
日程:2012年8月26日(日)~28日(火)
宿舎:国立女性教育会館(埼玉県嵐山町菅谷728)
主な見学先:群馬県太田市、埼玉県比企郡嵐山町
文書閲覧:群馬県立歴史博物館(長楽寺文書・正木文書など)・浄蓮寺(埼玉県東秩父村。北条氏・上田氏関係古文書)
募集定員:100人
 ※7月31日(火)締切。先着申し込み順。定員になり次第締め切ります
参加費:20000~25000円程度の予定(全日程参加の場合)
 ※正確な金額は、当日お知らせします

【内容・行程】※現時点での予定です。多少変更する可能性もあります

★1日目 8月26日(日)
集合:埼玉県立嵐山史跡の博物館 12:30
50周年記念シンポジウム「中世史研究の歩み―サマーセミナー50周年によせて―」
13:00~13:05 開会の辞(竹井英文)
13:05~13:10 趣旨説明(下村周太郎)
13:10~13:45 峰岸純夫「サマーセミナー創設と中世史研究」
13:45~14:20 村井章介「中世史における「アジア」」
14:20~14:35 休憩
14:35~15:10 仁木宏「地域史研究の可能性-城・寺・町をめぐって-」
15:10~15:45 柳原敏昭「史学史研究の現在」
15:45~16:20 清水克行「中世史研究と現代社会-「暴力」の制御をめぐって-」
16:20~16:40 休憩
16:40~17:40 討論(司会:池享・菊池浩幸)
18:00~20:00 懇親会@国立女性教育会館、その後ビール講

★2日目 8月27日(月)
8:50 国立女性教育会館出発(貸切バスにて移動)
9:30~11:00 群馬県立歴史博物館着、文書見学(長楽寺文書・正木文書等)
11:30 「新田之庄」(群馬県太田市寺井町896-1)にて昼食
生品神社、円福寺、反町館跡、安養寺、長楽寺、世良田東照宮などを見学後、
15:00 金山城跡
18:30 夕食@国立女性教育会館、その後ビール講

★3日目 8月28日(火)
8:30 国立女性教育会館出発(貸切バスにて移動)
9:00 浄蓮寺にて文書(北条氏・上田氏関係文書)・鰐口・石造物見学
10:30 鉢形城跡・鉢形城歴史館
11:50 JR八高線・東武東上線・秩父鉄道寄居駅にて第一次解散
12:30 国立女性教育会館にて昼食
13:20 菅谷館跡
14:10 東武東上線武蔵嵐山駅にて第二次解散。オプションツアー開始
14:20 大蔵館跡、大蔵宿跡、向徳寺
15:00 鎌形八幡宮、木曽義仲産湯の井戸
15:30 杉山城跡 
17:00 東武東上線武蔵嵐山駅にて最終解散予定

【お申込方法】
1.郵送…以下の1~7までの必要事項をご記入の上、以下の住所にお送りください。
〒108-834 東京都港区三田2-15-45 慶應義塾大学大学院三田自治会室気付 喜多泰史宛

2.メール…メール本文に以下の1~7までの必要事項をすべて記入し、下記のアドレスまで。
*専用メールアドレス summerseminar2012◆yahoo.co.jp(◆は半角アットマーク)

1氏名((ふりがな)):
2性別:
3所属:
4住所:
5メールアドレス
6電話番号
7参加状況(部分参加の場合は到着日時などをお書きください)

2012.06.08

高山城跡・照蓮寺

Takayamajo_5Takayamajo_3高山の観光地エリアから登った高台は、かつて高山城のあった一画です。
中世は天神山城と呼ばれたとされており、飛騨国守護代の多賀徳言が文安年間(1440年代)に築城したと言われています。
その後の動向は不明ですが、天正13年(1585)に豊臣秀吉麾下の金森長近が飛騨を平定した後、ここを本拠として本格的に築城。慶長5年(1600)に完成して高山城となりました。元禄5年(1692)に金森氏が転封となった後は加賀藩前田氏の預かりとなり、元禄8年(1695)に幕府直轄領となって麓に陣屋が築かれたため、廃城となりました。

破却されたので目立った遺構はありませんが、一部石垣が遺っています。

Takayamajo_13Takayamajo_15近世城郭として整備されただけあって、曲輪は広大です。左写真は「中佐平」と呼ばれる曲輪。
右写真は、すみません、名称を忘れました(笑)。本丸へ登る途中にある曲輪。

Takayamajo_17Takayamajo_20そしてこちらが本丸。ここには御殿が建っていたとされています。今はそれを偲ぶ遺構はなにもありません。

Takayamajo_25そして、こちらは本丸から一段下がったところから本丸方向。綺麗に積まれた石垣がありました。積み直したというよりは、復元したのでしょうかね。

Takayamajo_32Takayamajo_34そして二の丸。「庭樹院屋形」と呼ばれる曲輪と続いているようで、かなり広大です。右写真のように、ここには金森長近の騎馬像がありました。征服者だけど…(まあ豊臣大名はみなそんなもんだが(笑))。
ここは公園になっていて、売店もありました。親子連れもいっぱいで写真撮るのに一苦労。

Takayamajo_36そしてさらに下りると護国神社がありますが、そこが三の丸の一画。その外側には写真のような堀が今もありました。

三の丸の入口からまっすぐ道が延びていて、その突き当たりには高山別院があります。この一帯はかつて武家屋敷があったところとされています。一応縄張り図では大手は別のところとされていますが、私はここが大手だったんじゃないかという気がするのですが。

Takayamajo_6Takayamajo_8さて城の傍らには、照蓮寺という寺院があります。以前触れたように、元々は白川郷の方にあった真宗の拠点寺院で、内ヶ島氏の保護を受けていました。当初は正蓮寺といい、同氏の滅亡後は、当時あった白川郷中野(現高山市[旧荘川村])から高山へ移転しましたが(現在の高山別院)、地元の強い意向で別坊として中野にも残され、さらにその別坊(心行坊)を高山に建立。それがこの寺院です。本坊もまた1960年にダムの底に沈んだため、こちらに移転しました。

右写真の本堂(重要文化財)は、延宝6年(1678)の再建ですが、永正元年(1504)再建当時の様式をそのまま踏襲されたものと言われ、真宗寺院の最古の様式を伝えるものとして貴重です。

Takayamajo_10Takayamajo_12そしてここにある梵鐘は、右写真のように銘があり、建武元年(1334)に鋳造したものと見られます。また、「飛州安国寺」と彫られており、飛騨安国寺に元々あったものだったとも思われます。ただ年号は陽刻でありながら安国寺の字は陰刻であるなど、どれほど来歴の実態を正確に示したものかは微妙なところのようですかね。

■岐阜県高山市

2012.06.05

久しぶりに火の車

出張、校正(複数)、原稿執筆(+報告準備?)、授業準備、会議…。
もろもろが一気に押し寄せており、余裕がなくなってしまいました。

来週になると少し余裕ができると思うのですが。そうだといいなあ。

なにせ今一番の悩みは、講義の一つの受講生が予想外の200人超えとなってしまい、本当はやりたくないんだけどシラバスで書いた以上やらざるを得ない小テストが来週に控えていること。基本的に論述試験とするのがポリシーなのですが、読むのが大変なことが容易に想像できるわけで…。仕事だから仕方がないのだが。

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Amazon

最近のトラックバック