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2012年11月

2012.11.27

北限の中世遺跡を求めて函館へ

Donan_2Donan_1先週末の三連休は、函館周辺の史跡を見る旅行に行ってきました。
結構寒かったですが、雪はそれほど強くもなく、比較的天気には恵まれたように思います。

函館自体には20年以上前に行ったことはあったのですが、もちろんその頃はまともに史跡を見ることはできなかったので、実質的に初訪問といったところか。函館山の夜景はロープウェーの大行列で諦めましたが(笑)、そのほかの観光地もあらかた見て回ることが出来ました。

そして、一番の目的はやはり志海苔出土の中世埋蔵銭(一括の枚数では日本最大で、重文指定も受けている)だったのですが、所蔵している市立博物館がなんと展示替えで臨時休館…。事前に調べておけばわかることだったとはいえ、無念。これだけを見るためにまた来なければと思うが、次に来るのは新幹線が出来る3年後より先だろうなあ。

食べる方も、イカ刺しや海鮮丼、函館ラーメンなどなど、食べ尽くしました(笑)。旅としても満喫。

史跡の写真はまた追々紹介したいと思います。なお、左写真は上ノ国にある勝山館跡です。風が吹き付けて結構寒かったです。

2012.11.21

漫画の監修という仕事

久々のリニューアルとして先日刊行された『学研まんがNEW日本の歴史』のうち、戦国時代に当たる第6巻の監修をいたしました。東京学芸大のOさん(お名前が下に出ていますが(笑))を中心とする時代考証学会が全体として引き受けたようで、私は当学会の関係者ではないのですが、知人に関係者がいる関係から話が回ってきました。

もちろんこのような仕事は初めてで、貴重な経験となりました。かつて一般誌に原稿を書いたことはありますが、それも歴史ファン向けですから内容も比較的専門に近いレベルになる一方、こちらは主に小学生向けとなるシリーズなので、どこまで踏み込めるかを判断するのは、経験が浅い分色々と迷ったところもありました。

といっても、私が一からストーリーの検証をしたわけではもちろんなくて、無事刊行に至ったのは、編集に携わったほかの皆さんのご尽力あってのことです。ですので私からはそれほど多く注文をしたわけでもなかったです。むしろ、思わぬ質問をされて必死になって調べることが多かったですね。例えば衣服とか、座敷とか、寝床とか…、なるほど、絵にするならばこういう所の厳密な考証が重要なんだなあと勉強になりました。

実は、私自身の幼少の頃のイメージだと、小学館に比べて学研は内容が難しいという印象がありました。今回もめくってみると、ほかの出版社に比べてやはり結構高度な内容かなあという気がしました。ただ、逆に言えば小学校高学年から中学生くらいまで広く手にとって貰うことができる、ということでもあるんでしょうかね。

それにしても、結構進行が早くてびっくりしました。この話を最初に受けたのは確か今年の年初だったと思いますが、もう刊行されるとは。論文集等々のスケジュールとは全然スピードが違いますね(笑)。いやもちろん書くことの難しさは私も重々承知しておりますが。

4058112514【初回限定2大特典付き】学研まんが NEW日本の歴史 全12巻
大石 学
学研マーケティング 2012-11-14

by G-Tools

2012.11.18

稲村城跡

Inamurajo_31館山の中心から車で10分ほど、JR九重駅の近くにある稲村城跡です。

安房里見氏初代の里見義実が、この地を本拠とすべく築いたと伝わっています。といっても初期の里見氏については不明な点や事実とは異なると思われる伝承が多く、はっきりとしたことはわかりません。ただ、15世紀末頃にはこの地域を支配していた徴候はあるようです。

天文2年(1533)に、里見義豊が叔父の里見実堯と被官の正木通綱を殺害したことにより内紛が勃発し、通綱の子の正木時茂が後北条氏と結んで戦乱となったようです。最後には、義豊は実堯の子である里見義堯に討ち取られたとされています。以後、義堯が里見氏の当主となり、本拠も滝田城(現千葉県南房総市[旧三芳村])、そして久留里城(現千葉県君津市)へ移転したため、稲村城は廃城となりました。

戦国期の早い時期に廃城になったため、この頃の遺構が遺る貴重な城跡とされており、国史跡に指定されています。ただ、そこに至るまでは長年の粘り強い保存活動があったことを特筆せねばなりません。

Inamurajo_12Inamurajo_16こちらが主郭。城は東西・南北とも500mほどの丘陵に築かれており、山頂にこの主郭と土塁(右写真)が配置されています。

Inamurajo_19Inamurajo_4左写真は主郭の近辺にあった堀切。戦国初期の頃の城であるためなのか、幾重にも曲輪があるような複雑な造りではなく、わりと簡素な造りであるように見受けました。

右写真は、堀切の近くにあった「やぐら」?らしき遺構。中には何もめぼしいものはなかったです。

Inamurajo_22Inamurajo_25主郭の先の藪の中にある土橋跡。ちょっとわかりにくいですが…、土橋の両側は凹んでおり、堀切だったものと思われます。

右写真は、その土橋の先にある曲輪とおぼしき平坦面の区画。この先にもまだ曲輪があるようなんですが、こんな状態なので先には進めませんでした。
稲村城跡の縄張り図や、保存運動の経緯については、「安房文化遺産フォーラム」のサイトをどうぞ。

■千葉県館山市

2012.11.14

安房国分寺

Awakokubunji_1Awakokubunji_2千葉ネタが続きますが、今度は春に言った南房総の史跡です。

まずは安房国分寺。発掘調査によって古代国分寺の遺構が検出されたほか、弥生時代頃の住居遺構も見つかったそうです。
ただ、国分寺に一般的に見られるような伽藍遺構は発見されていないそうです。安房国は8世紀に設置された国ですが、その後にも一度上総国に併合されたことがあるなど、国としての自立性にはやや疑問もあるようで、国分寺として建立されたものかどうかという点でも議論があるようです。9世紀には国分寺が存在したことは史料により明らかになっているようですが、既存の寺院を転用した可能性も指摘されています。

…というわけで、実際に国分寺があったかどうかは議論はありますが、堂舎の遺構が見られることは確かで、古代からこの地域が行政面での拠点であったとは言えそうです。

Awakokubunji_8そしてこちらが、境内にある金堂跡。ここから遺構が見つかったそうですが、今は埋め戻されていています。

Awakokubunji_3Awakokubunji_5境内にある石造物。左写真の五輪塔は南北朝期のものと推定されています。
右写真の宝篋院塔は、かなり風化してはいるものの、ちょっと新しいかな? 近世かもしれませんね。

Awakokubunji_7Awakokubunji_9境内には、義民に関わるという墓があります。左写真は、正徳元年(1711)に起きた「万石騒動」という百姓一揆を主導した飯田長次郎という人の墓だそうです。当時は安房北条藩屋代氏の所領でしたが、この騒動をきっかけに失政を咎められ、屋代氏は改易となりました。
ただし、長次郎のほか、一揆の代表者であった角左衛門と五左衛門が死罪になりました。右写真は、その三人を顕彰する墓とのことです。
万石騒動については、詳しくはこちらをどうぞ。

■千葉県館山市

2012.11.09

東北産金の論考

池享・遠藤ゆり子編『産金村落と奥州の地域社会―近世前期の仙台藩を中心に:』(岩田書院、2012年)が刊行されました。中近世移行期の仙台藩領の一部(陸奥国東磐井郡の地域)における産金とその納入形態について検討を行ったものです。

私は「仙台藩本判制度と産金村落」というテーマで、仙台藩が設定した産金の直納システムと、その破綻に伴う代納状況を具体的に分析しました。仙台藩は帳簿で決定した通りに、想定される産金量の一定割合の納入を維持したわけですが、産金の衰退は17世紀半ばに既に到来するわけでして、村がそれにどう対応したかが注目されます。藩の賦課基準が変わらな一方で、在地の側がどのように対応したか。私以外の論考も参照するとその情勢が把握できて興味深いと思います。

時代もテーマも対象地域もそれほど活発な議論が交わされているとはいえないかもしれませんが、時代の転換点に当たる時期なだけに、できれば多くの方に関心を持っていただけると幸いです。

2012.11.02

そこそこゆとりの11月?

授業期間中だったり入試もあったりするが、比較的落ち着いた時期。先日は都内へ出るついでに、東博の特別展と神保町の古本祭りの二本立てに行ってきました。

東博は殷代から南宋にかけての、中国の文物の特別展。このご時世、よくここまで持ってこられたなあと感心しました。珍しく入口ではセキュリティチェックがあったけど。
私は恥ずかしながら多分兵馬俑を初めて見ました。ほんとに精巧で、あれが何千何万と並んでいる様子は壮観だろうなあと感じ入りました。

個人的にはあまり中国文化には詳しくなくて、「祭祀用」として見た目では用途のよくわからない遺物がずらりと並んでいたので、いろいろと想像を膨らませつつも、終盤は若干飽きてきた感も…(贅沢な話ですが)。
もう一つは、出雲の企画展。スペースは大きくはなかったですが(なので展示替えがかなりあった模様)、こちらでは文書もあったりと楽しめました。一応年内には一度島根へ行きたいと思っているのだが(実現は不透明)、その予習にはなったか。

そして神保町の古本祭りへ。今年の戦果は、別府大学が出している田染荘・田原別符史料と(少し負けて貰った)、外山幹夫『大名領国形成過程の研究―豊後大友氏の場合』(雄山閣出版、1983年)など。両者とも現時点でのアマゾンの価格よりもかなり安く、得した気分。あと三省堂で新刊を漁っておしまい。

さて、今月は土曜に仕事が多くちょっと憂鬱な気分。ただ、下旬の三連休は旅行できるかも?(島根とは別) それを楽しみに過ごしたいと思います。

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