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2014年6月

2014.06.27

【受贈】『戦国法の読み方』

桜井英治・清水克行『戦国法の読み方―伊達稙宗と塵芥集の世界』(高志書院選書10、高志書院、2014年)受贈。ありがとうございます。

研究者の対談集、かつ法制史的な内容となると、私が真っ先に思い浮かべるのが網野善彦・笠松宏至『中世の裁判を読み解く』(学生社、2000年)。この本がモチーフにあったかはわかりませんが(たぶんあったとは思いますが)、中世史ではしばらく無かった対談集となりました。

本書にもある通り、『塵芥集』は半ば孤立した史料でもあり、しかも文章も難解でなかなか扱いづらい史料なのですが、お二人の対談が進むなかで、その魅力が最大限引き出されていて、読んでいて引き込まれていきます。もちろんすべての条文の解釈が解決したわけではないのですが、「おわりに」にもあるように、考察のプロセスを明かすことこそが本書の重要な点なのでしょうね。

なお、酒の入った(笑)終盤は、お二人の姿を想像すると個人的に面白かったです。

『塵芥集』そのものが難しくて初学者には取っつきにくいかもしれませんが、日本中世史の分析手法などを実践的に学ぶ一冊として、広く読まれることを願っています。

いつか私もこういう本が出せたらいいだろうなあと思いつつも、私は愚痴っぽいのでダメですね(笑)。

4862151361戦国法の読み方: 伊達稙宗と塵芥集の世界 (高志書院選書)
桜井 英治 清水 克行
高志書院 2014-05-26

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2014.06.13

【受贈】『大内義興』

藤井崇『大内義興―西国の「覇者」の誕生』(中世武士選書21、戎光祥出版、2014年)受贈。ありがとうございます。

冒頭で中国の戦国時代の話が展開されて驚きましたが(笑)、“日本の”戦国時代前半における重要な人物である大内義興の生涯について、確実な史料の分析に基づいて叙述されています。大内義興の伝記はおそらく初めてだと思いますので、その点においても貴重です。
16世紀前半の政治や権力については、研究者の間では活発な議論がされているものの、16世紀後半に比べると一般的な反響が極端に低いという印象があります。そのため大内義興自身の知名度の低さに繋がっているわけですが、京都から九州まで縦横無尽に駆け回った人生を見ると、もっと注目されてもよい人物ではないかと思います。

また、筆者の専門である大内氏の領国支配についても、詳しく説明されていて興味深かったです。大内氏についてはこれまで多くの研究があることは当然にしても、実際の領国支配(特に周防と長門)については比較的研究が遅れていた感があったのですが、これからも議論が深まっていくことを期待したいと思います。

4864031118大内義興―西国の「覇者」の誕生 (中世武士選書)
藤井 崇
戎光祥出版 2014-05

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2014.06.07

新見荘の新しい論集

私も執筆しました、海老澤衷・高橋敏子編『中世荘園の環境・構造と地域社会―備中国新見荘をひらく』(勉誠出版、2014年)が刊行されました。比較的若い人が多く執筆していますが、その中で私は新見荘において代銭納が普及する過程について、荘内の動向に注目して検討しました。

その試みが成功したかどうかは…あまり自信が無いのですが、代銭納の普及過程については今後も改めて検討する余地があるものと考えており(特に年代について、通説が本当に正確であるかは議論の余地がある。この点はほかにも注目している人もいるのだが。)、私自身そのきっかけにしていきたいと考えています。とはいえ、ほかにも取り組むべき課題が山積で、いつ本格的に手を出せるかは見通しが立ちませんが。

ただ、近年では東アジア全体における貨幣流通史の中で日本の代銭納の成立は大きな意味を持つ事象にはなっているので、その再検討は新たな可能性を秘めていると思います。

我田引水が過ぎましたが…、ほかに様々な視点から新見荘の具体像が分析されており、広く荘園史における問題提起となる一冊になることを期待したいと思います。なお、新見荘については、現地調査に関するテーマで特化した論集が別途企画されています。こちらは私は執筆しませんので、この程度の情報提供でご寛恕のほどを…。(今年中には出るのではないかと)

4585220909中世荘園の環境・構造と地域社会―備中国新見荘をひらく
海老澤衷・高橋敏子編
勉誠出版 2014-05-30

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2014.06.01

本佐倉城跡

Motosakurajo_3Motosakurajo_18行ったのは一年以上前なのですが、千葉県内屈指の中世城郭遺跡である本佐倉城跡へ行きました。国史跡。中世を通じて下総国で勢力を張った千葉氏による、戦国時代の城郭です。

ご存じ千葉氏は中世初期からの代表的な下総国の武士であり、室町期は下総国守護でもありました。その本拠は猪鼻(亥鼻とも、現千葉市中央区)にありましたが、15世紀半ばの享徳の乱において内紛が勃発。幕府方(上杉方)に与した惣領の千葉胤直が、古河公方方に付いた一族の馬加(まくわり)康胤らによって滅ぼされました。しかし康胤も幕府方の東常縁の討伐を受けて戦死し、子の馬加輔胤、さらにその子の孝胤が臼井城(現千葉県佐倉市)に拠って幕府方に引き続き抵抗。その後も太田道灌の意を受けた武蔵千葉氏の千葉自胤と臼井城を巡って攻防があり、さらに堅固な城を目指して馬加(千葉)孝胤が文明15年(1483)に築いたのがこの本佐倉城とされています。この後も複雑な状況になりますが、16世紀にかけてこの馬加氏系千葉氏が千葉氏惣領の地位を築き、戦国末期まで続きました。(市村高男『戦争の日本史10 東国の戦国合戦』吉川弘文館、2009年、などを参照)

Motosakurajo_10Motosakurajo_12関東の戦国史は傍目から見ると複雑怪奇で?なかなか簡単に説明することはできないのですが、発掘調査からもおおよそ15世紀末期の築城と考えて問題ないそうです。現在の遺構は最末期に当たる16世紀末のものだと思いますが、非常に大規模な城郭で、千葉氏の持つ影響力の大きさを窺えます。

Motosakurajo_23Motosakurajo_31いくつかの広大な曲輪によって構成されていますが、右写真は主郭と第二郭(「奥の山」)を隔てる大堀切。左側が主郭に当たります。ざっと見て3mくらいの深さはあったと思います。

Motosakurajo_44Motosakurajo_49そしてこれが主郭。発掘調査が進められており、遺構の確認できたところに印がされているようです。私が行った時には発掘はされていなかったので、状況はよくわかりませんが、現地では調査状況を示す看板が多く設置されていました。いくつかの建物があったことが確認されているようです。

ほかに曲輪が多く、興味深い遺構も多いのですが、量が多くなるので割愛。

Motosakurajo_71Motosakurajo_74こちらは最寄りの京成大佐倉駅から城跡へ向かう途中にある勝胤寺。寺名の由来となった千葉勝胤は孝胤の子で、16世紀前半の当主。この寺は勝胤の菩提寺です。今年500歳だそうです(笑)

境内には右写真の千葉氏供養塔があります。

■千葉県酒々井町・佐倉市

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