記事検索

  • Googleによる全文検索

    ウェブ全体から検索
    サイト内検索
無料ブログはココログ

Tools

« 【受贈】『五山僧がつなぐ列島史』 | トップページ | 【受贈】『龍馬暗殺』 »

2018.06.01

【受贈】『中近世移行期の公儀と武家権力』

久保健一郎『中近世移行期の公儀と武家権力』(中世史選書23、同成社、2017年)受贈。ありがとうございます。

内容はまさにタイトルの通りといってよいのですが、特に戦国期の武家権力について、その権力構造を論じたものです。その権力については、「戦国大名」と呼ばれることが多いわけですが、冒頭の研究史においてその呼称の是非をめぐる議論も整理されています。また、「戦国大名」と呼べるほどの規模ではない武家権力については、近年では「国衆」と呼ぶことが一般的ですが(かつては「国人」と呼ぶことが多かった)、これらも武家権力として重視し、その構造についてもいくつかの領主を取り上げて検討しています。

権力論(というくくりが正しければ)においては、特に中世後期の武家権力の議論において、その権力が持つ公的性格の有無、あるいはその内実に注目されてきた感があります。史料用語としては「公方」という語句が見られるようになり、中近世移行期に至ると徐々に「公儀」と呼ばれることも増えていくようになりました(この点に注目する議論を一般に公議論と呼ぶこともある)。

ただ、規模の大小を問わずそれぞれの武家権力が公的性格の内実を獲得していく過程や、武家権力が従来の支配者あるいは被支配者の側から公的性格を体現する権力体としていかに認知されていくかについては、もちろん個別の事情もあるものの、必ずしも一般化したモデル(理念型とでも言うべきでしょうか)が構築されている段階にはいまだ至ってはいないように感じます。

本書は、上記の課題に取り組んだもので、こういう表現は失礼かもしれませんが、近年では比較的少なくなった王道のテーマを扱った論集とでもいえましょうか。著者はかつて後北条氏の「大途」について詳論されており、その続編とでもいうべきでしょうか(意図を間違っていたらすみません)。

惜しむらくは、終章が無いため、本書で得られた結果として著者の「公議論」がどのようであるかが一見ではわかりにくいところがあるものの、その役割は第一章において展開されていると考えられるでしょうか。本章では「正当性」をキーワードとして、それが認知されることが公儀の定着と深く関わると理解しました。

深く切り込んだ内容紹介ではありませんが、そもそも権力とはなにか、権力とは何のためにあるのか。歴史学を追究するごく当たり前なテーマについて、改めて思い至る一冊となりました。

4886217761中近世移行期の公儀と武家権力 (同成社中世史選書)
久保 健一郎
同成社 2017-12-10

by G-Tools

« 【受贈】『五山僧がつなぐ列島史』 | トップページ | 【受贈】『龍馬暗殺』 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/20022/66783889

この記事へのトラックバック一覧です: 【受贈】『中近世移行期の公儀と武家権力』:

« 【受贈】『五山僧がつなぐ列島史』 | トップページ | 【受贈】『龍馬暗殺』 »

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

Amazon

最近のトラックバック