水月昭道『アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す』(新書ラクレ329、中央公論新社、2009年)読了。例の本の続編という位置づけのようですね。
まず感心したのは、非常に読みやすいことです(嫌味ではありません)。250ページほどありますが、1時間半で読めました。本書の中で院生の文章力を批判していますが(かくいう私も…ですが)、それだけに、読みやすさへの配慮はかなり感じられます。
現状の大学院生とポスドク、オーバードクターの置かれた現状を生々しく報告して学術行政を批判し、その上で、就職難に喘ぐこれらの人々に処世術を授けよう、というものです。
冒頭は大学院や大学の組織の現状について批判的に解説しています。この部分は、なるほどと思う所が多かったです。前著の実績を受けて、舌鋒がより洗練されているように思えました。もっとも、自説を補強する事例がやや突飛で、かえって説得力に疑問を感じる部分もありましたが…(むしろこれは、本書全体にわたって感じたことでした)。
ま、それは小さいことで。むしろ問題なのは、では実際にポストを得るためにどんな処世術が求められるか、というメインの部分。研究者とて人間であり社会人ですから、それに見合った言動が大切、という話はよくわかります。…でも、それを言いたいがために、何十ページも割く必要があるのでしょうか…? これくらい書かないと社会性の乏しい院生はわからない、ということなのでしょうか。うーむ。
具体的な場面でも、首を傾げることが多い。例えば「アカデミアでは偉大なるイエスマンになろう」(p.73)ってどうよ…という気もするんですが。悪口ばかり言ってないで周りを幸せにするような言動にしろ、とか言われてもねえ。それでアカデミック・ポストが近づくと仰せですが、ほんとですか? そりゃあ、性格に問題のある人が研究者の世界でも鼻つまみになるのは当然ですが、ほかに必要なことはありませんか?
「論文は書きすぎたらイカン」(p.116)というのはびっくりしました(笑)。いや、書いてあることもわかるんですが、「目立ち過ぎないことこそが一番大切になる」(p.121)ってのは、いくらなんでも卑屈過ぎませんかねえ。もっとも「せいぜい年に三本くらいに留めたほうが身のためだ」(p.122)とも仰せなので、それ以上書いている方に対して言っているのでしょう。それに達していないので安心しました(笑)。いや、達していないとお先真っ暗、ということでしょうか…。
なお、「単著などを出すのも出来れば避けたほうがいい」(p.122)というのは、少なくとも私の居るギョーカイでは通用しないと言って良いと思います。研究分野によって「常識」はだいぶ違うので、著者の言うことが当たっている分野もあるとは思うのですが、その旨は本書のどこかで明記しておくべきではなかったでしょうか。誤解を招きます。
後半は、ギョーカイ内での人脈造りを強く求める主旨となっています。特に、学会の懇親会には必ず出ろ、と。この点、私は同感です。
そして、懇親会では「大物」に対して「論文ください」と言えと主張しておられます。そうなれば覚えめでたくなるかもしれないそうで。へえ、こういうのが風習になっているギョーカイがあるんですか。私には、それって厚かましいんじゃないの?という気もするんですが…、そういうわけでもないんですかねえ。この辺は、個々のギョーカイの「お約束」によると思うので、その点について注意を促すべきでしょう。真に受けて将来を棒に振る若い人が出ないことを祈るばかりです。
まあとにかく人脈を作るよう努力しなさい、という主旨なわけですが、それだけなら50ページ(第三章)も必要な話とは思えません。一行で済みます。ただ、第四章に関しては、これからドクターに進むような人に対しては有益な話も多いと思います。私くらいの年代になると、もう手遅れですが。
最後の方では、学振の特別研究員を「夢のような地位」(p.199)と評しています。しかし、その理由となったデータ(学振終了後の就職率の高さ)は、あまり当てにならないと思います。きっと私も「職持ち」にカウントされているはずだからです(笑)。
まあポスドク等全体での割合と比較すれば就職できる確率の高いことは言えるかもしれませんが、そりゃあ、学振はクジで採否を決めるものではないですからねえ…。ちなみに学振の採否において、著者が重視する人格は審査の対象にはならないと思います(笑)。(推薦者が必要なので、それすら取り付けられないほど申請者の人格に問題があれば別ですが。)
ネタにすると批判ばっかりになってしまうわけですが(著者なりに言うと、だから就職できないのでしょうけど(笑))、類書が少ないテーマなので、大きな社会的意義を持った本だと思います。前著以上に、議論を呼ぶ一冊になることを期待します。ただし、やはり事例がやや極端になる傾向は前著と同じで、その点でギョーカイに対して世間の誤解を招く懼れが少々あるのは、やや気がかりなところです。
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