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2018.09.21

【受贈】『鎌倉府の支配と権力』

植田真平『鎌倉府の支配と権力』(校倉書房、2018年)受贈。ありがとうございます。
本書は博論をもとに出版したもので、表題の通り、14~15世紀において東国で政権を築いた鎌倉府の経緯について詳細に検討しながら、その構造や特質について分析するものです。

当該研究は戦前以来注目されてきたわけですが、対象とする時代の歴史的位置づけや権力像というのはやはりそれぞれの時代の研究者によって評価が変わってくるものです。ですから、同じ史料の分析であっても、時代によってその評価が変わることは往々にしてあります(歴史学としては常識ですが)。そういうわけで、本書を読み通せば、現時点での日本中世における「東国政権」がどのような権力体として評価されているかについて、深く理解する一助となるでしょう。

本書は二部構成になっていて、著者の意図と一致しているかは心許ないですが、以下のようにそれぞれの位置づけを理解しました。
第一部は、観応の擾乱の時期から通史的に鎌倉府の歴史を掘り起こしつつ、その経緯を見ることによって鎌倉府が権力体としてどのように形成されたか、そしてどのように変容したか、またそれぞれの時期における鎌倉府の特質がどんなものか、という諸点を浮き彫りにしようとしています。
第二部は、時間軸でみる第一部とは異なり、鎌倉府という組織体の内部構造について、そこに集う人々の役割、あるいは人選や、行使する権力の具体像(何ができて何ができないのか、など)、また支配の客体たる地域社会との関係などが議論されます。

いずれも政治史の王道といった視点ですが、先にも触れた通り、(素朴な実証主義に固執しない限りにおいては)研究者個々の置かれた時代に応じて権力に対する評価は変わるわけなので、本書を評価する対象とすべきなは、問題設定の独創性そのものではなく、著者の示す権力像の妥当性にあるでしょう。

私は直接専門とはしないので深掘りして墓穴となるのを怖れますが(笑)、一つ論点を挙げるならば、中世史では現在においても重要な視点とされる、「地域社会」というキーワードでしょうか。権力論というと一握りの為政者の動向を注視することは避けられないわけですが(それが悪いとは言わない)、その支配の対象となる社会の動向をどのように捉えるのかについては、論者のそれに対する興味の大きさが言及の度合いに大きく左右してきます。
本書での著者の態度は、比較的興味は大きいものと位置づけられると思います。もっとも、地域社会は権力に対してあくまで受け身的とみるか、逆に権力に対する強い意志で臨んだとみるのか。これらの問題関心は戦後の中世史の根幹となる議論ではあるのも確かです。しかし、繰り返しになりますが、現在における評価はかつてと同じとは限りません。そこを探り当てることは、本書を読む上での愉しみの一つなのかもしれません。それについては、是非直接御覧になっていただきたく…。

ごく直近では、中世関東の政治史関連は研究が非常に活発で、著作も大量に出版されておりなかなか追跡が難しい状況なのですが、著者はその中心の一人でもあり、そのなかで本書以後はどのように論を展開していくのか期待しましょう。

4751747908鎌倉府の支配と権力 (歴史科学叢書)
植田 真平
校倉書房 2018-03-01

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2018.08.20

【受贈】『戦国期の村落と領主権力』

銭静怡『戦国期の村落と領主権力』(吉川弘文館、2018年)受贈。ありがとうございます。

所属ゼミの後輩による論文集で、一書に研鑽した間柄として慶賀の至りです。基礎的な歴史的事実、史料読解、研究史をほぼ一から修得しなければならなかったことがあとがきにも記されていて、感慨深いところです。もっとも私は大して役には立っていませんが…。

さて、本書は後北条氏の小代官の位置づけをメインとする論考と、近江国菅浦において領主支配が浸透する戦国期の具体像について、それぞれ分析したものとなっています。

前者は、小代官は村落内における有力者(土豪)を出自とする者が多く、大名被官である代官とは異なる階層を基本としていたとします。もっとも、土豪には直接領主と被官関係を結ぶ者もおり、そのあり方は多様であったともいいます(このような「土豪」を「国人領主」と表現しているのは妥当なのか気になるところですが)。

一方後者は、菅浦は15世紀半ば頃を対象とした村落自治について常に注目されてきたものの、その後に徐々に武家領主が支配者として浸透する過程についてはあまり検討が深められていないとして、その様相を具体的に明らかにしようとしています。特に16世紀前半に浅井氏の支配が入ってくる過程においては、領主と村民との貸借関係(主には年貢未進分の転換)を媒介として領主権力が徐々に浸透していくものと捉えています。この点はもちろん研究史においても議論されたテーマで、それが地主的支配なのか、領主的支配なのかという議論もあったところです。本書では後者の立場を支持したものと理解できるでしょうか。

本書では、中世の自治的村落がそのまま近世の村請制へ繋がるという考え方とは少し距離を置いた論調になっており、本書の成果について今後議論が活発化することを期待しています。最近では中世史の側で中間層をテーマにした議論はやや落ち着いた感はしますが、重要なテーマであることは確かなので、起爆剤になるといいですね。

著者は今後どのような研究へと進んでいくのかはわかりませんが、研究そのもののみならず、文字通り国境をまたいだ研究の振興の面での活躍も期待しています。(私も微力ながら何かできればいいのですが。)

2018.07.15

【受贈】『龍馬暗殺』

桐野作人『龍馬暗殺』(歴史文化ライブラリー462、吉川弘文館、2018年)受贈。ありがとうございます。
タイトルからするとよくあるような、坂本龍馬暗殺事件(近江屋事件)の具体的な現場検証、あるいは犯人、黒幕捜しといったイメージになりがちですが、本書はそのような立場を取らず、幕末の京都を中心とした政局を詳細に分析するなかで、当該事件の原因や結果について検証しています。
というわけで、犯人についてはすでに明らかになっている通りであるとしており、通説に反するものとしてしばしば持ち上がる「薩摩黒幕」説についても、綿密な検証を経て一蹴しています。

私は幕末の政治史についてはとんと疎いので、京都を中心とした幕末の政局についての事実関係の部分で勉強になりました。また、私もやはり当時の政局は反幕派と佐幕派の二項対立という通俗的イメージがあったのですが、反幕府勢力の中にも大政奉還を支持する立場と倒幕を主張する立場との間で意見の対立がみられたという点は、当時の政治史に触れる際に気をつけたいところです。

終盤では龍馬暗殺に関してなぜ薩摩藩の関与が主張されるようになったかについて、具体的な書籍や映画・テレビドラマなどを取り上げながら検証しておられますが、具体的によく理解できました。ただ、薩摩黒幕説は単なるエンターテインメントとして面白おかしく持ち上げられたのみならず、研究史にも少なからず問題があったとする点については、異なる時代を専門としているとはいえ、肝に銘じるべき教訓としたいところです。

4642058621龍馬暗殺 (歴史文化ライブラリー)
桐野 作人
吉川弘文館 2018-02-16

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2018.06.01

【受贈】『中近世移行期の公儀と武家権力』

久保健一郎『中近世移行期の公儀と武家権力』(中世史選書23、同成社、2017年)受贈。ありがとうございます。

内容はまさにタイトルの通りといってよいのですが、特に戦国期の武家権力について、その権力構造を論じたものです。その権力については、「戦国大名」と呼ばれることが多いわけですが、冒頭の研究史においてその呼称の是非をめぐる議論も整理されています。また、「戦国大名」と呼べるほどの規模ではない武家権力については、近年では「国衆」と呼ぶことが一般的ですが(かつては「国人」と呼ぶことが多かった)、これらも武家権力として重視し、その構造についてもいくつかの領主を取り上げて検討しています。

権力論(というくくりが正しければ)においては、特に中世後期の武家権力の議論において、その権力が持つ公的性格の有無、あるいはその内実に注目されてきた感があります。史料用語としては「公方」という語句が見られるようになり、中近世移行期に至ると徐々に「公儀」と呼ばれることも増えていくようになりました(この点に注目する議論を一般に公議論と呼ぶこともある)。

ただ、規模の大小を問わずそれぞれの武家権力が公的性格の内実を獲得していく過程や、武家権力が従来の支配者あるいは被支配者の側から公的性格を体現する権力体としていかに認知されていくかについては、もちろん個別の事情もあるものの、必ずしも一般化したモデル(理念型とでも言うべきでしょうか)が構築されている段階にはいまだ至ってはいないように感じます。

本書は、上記の課題に取り組んだもので、こういう表現は失礼かもしれませんが、近年では比較的少なくなった王道のテーマを扱った論集とでもいえましょうか。著者はかつて後北条氏の「大途」について詳論されており、その続編とでもいうべきでしょうか(意図を間違っていたらすみません)。

惜しむらくは、終章が無いため、本書で得られた結果として著者の「公議論」がどのようであるかが一見ではわかりにくいところがあるものの、その役割は第一章において展開されていると考えられるでしょうか。本章では「正当性」をキーワードとして、それが認知されることが公儀の定着と深く関わると理解しました。

深く切り込んだ内容紹介ではありませんが、そもそも権力とはなにか、権力とは何のためにあるのか。歴史学を追究するごく当たり前なテーマについて、改めて思い至る一冊となりました。

4886217761中近世移行期の公儀と武家権力 (同成社中世史選書)
久保 健一郎
同成社 2017-12-10

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2018.05.01

【受贈】『五山僧がつなぐ列島史』

斎藤夏来『五山僧がつなぐ列島史―足利政権期の宗教と政治』(名古屋大学出版会、2018年)受贈。ありがとうございます。

本書の目的は、冒頭の一文を借りれば、「鎌倉期から南北朝、室町、戦国期にかけて、なぜ、どのようにして、全国の五山・十刹・諸山を組み込む五山制度という巨大な宗教制度が構築され得たのか」(1ページ)という課題に応えることで、禅宗と中世の権力との関わりについて、具体的な分析を通じて明らかにしようとするものと捉えました。

とはいえ私は全くの門外漢で、序章でまさに門前払いされそうですが(笑)、理解した範囲でいうと、史料に現れる多数の禅僧がどのような出自でかつどのようなルートで出世を遂げていったかが詳細に明らかにされており、そこから権力との関わりを追究することで、両者の関係を炙り出しています。
近年では室町期の権力論の議論が盛んなわけですが、彼らを取り巻く禅僧たちもまた、かかる権力動向と深く関わっていることが理解できました。

禅宗というと、中央(特に室町幕府)と政治的にも経済的にも密着している感覚がしますが、実際にはそれだけではなく、地域社会や地域権力とも強く関わっている…いや、むしろ地方との関わりを重視する必要があると説いています。その象徴として用いられるキーワードが、「夷中(いなか)」という言葉です。禅僧は在京したがって地方に行きたがらないと思われがちですが、実は逆で、「夷中」を往来する姿がむしろ一般的な彼らのあり方だったようです。これはとりわけ戦国期に顕著で、地域権力が実際に一族から禅僧を輩出したり、資金源でも重要なパトロンとなっていたりしたことによるとみられます。
ちなみに、最後に織豊期にキリシタンが禅宗をどう見たかという視点での検討は、ちょっと意外でしたがなかなか興味深かったです。

門外漢たる私はおそらくほとんど読み解けていないですが、宗教史としてはもちろん、政治権力論との関係について重要な指摘が随所でなされています。私の関心で述べるならば、(これは初出論文で勉強してはいましたが)五山領等の活動が室町幕府にとって重要な財源になっていたという先行研究には問題があり、むしろその点を過大視すべきではない、という点です。個人的に中世後期権力の財政構造についていくつか見直す必要がありそうな感がしているので、この点を参考に今後考えていきたいと思います。

4815809038五山僧がつなぐ列島史―足利政権期の宗教と政治―
斎藤 夏来
名古屋大学出版会 2018-02-02

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2018.04.04

【受贈】『伝奏と呼ばれた人々』

日本史史料研究会監修・神田裕理編著『伝奏と呼ばれた人々―公武交渉人の七百年史』(ミネルヴァ書房、2017年)を、執筆者のMさんより受贈。ありがとうございます。

中世から近世にかけての、文字通り伝奏の通史ですが、伝奏で一般書が出るのは驚きというか、感慨深いものがあります(もちろん私は専門ではないのですが)。

伝奏とは朝廷(天皇)の命令を官制機構外の各機関(本来は古代において国家的行事=祈祷を担っていた大寺社)に伝達するメッセンジャーで、伝達対象のトップの身分も相応に高いことから、朝廷のトップ層である公卿の中から選任されてその役を果たしていました。
鎌倉期になると、朝廷と幕府との意思疎通が国家経営にとっても最重要となったため、その役に当たる武家申次の役割が注目されてきました。この武家申次も事実上の伝奏と位置づけられています。
本書はこの鎌倉期の武家申次の実態から書き起こし、室町期における足利義満による変革期(ここで表向きにも朝廷と幕府をつなぐメッセンジャーが「伝奏」と呼ばれるようになる)を経て、信長・秀吉と伝奏との関係や、近世における伝奏の役割が解説されています。

読み下しているとはいえ史料を引用するもその現代語訳は付されていないなど、初学者向けではありませんが、この分野に関心のある日本史専攻の大学生や、専門的な素養への関心が高い一般層が主な読者層として想定できそうです。

天正13年(1585)の伊勢遷宮をめぐる相論への豊臣秀吉の介入については、かつて私が所属したゼミで議論したことを思い出します。(素人ながら)筆者と私の見解は異なりますが、関心を持つ読者が増えることを期待したいところです。

本書のテーマの伝奏は、研究史的には平成への「代替わり」が近年における活性化の出発点だったように理解しています。そのため1990年代前半に活発に議論されていた感がありますが、その後停滞とは言わないまでも、社会情勢との関係もあって落ち着いた議論が続けられてきたように思います。来年に控える次の「代替わり」によって、新たな議論が喚起されるのでしょうか。注視したいと思います。

462308096X伝奏と呼ばれた人々:公武交渉人の七百年史
日本史史料研究会監修・神田 裕理編著
ミネルヴァ書房 2017-12-30

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2018.03.13

【受贈】『修験道本山派成立史の研究』

近藤祐介『修験道本山派成立史の研究』(校倉書房、2017年)受贈。ありがとうございます。
表題からして中々素人を寄せ付けない雰囲気が漂いますが(笑)、「本山派」とは、園城寺(三井寺)を本山とする寺門派の門跡寺院である聖護院を中心として、その門跡(要するに院主)を本山として形成された修験道の一派です。
特に中世に修験道が発達したことで知られており、多くの研究が蓄積されてきましたが、一方で本山派の系譜や個々の山伏との関係など、具体的な存在形態や人的関係、それから経済基盤などはまだ不明な点が多いようです。

本書はその課題に取り組むべく、聖護院の相承、本山派の組織のあり方、その経済基盤、それから末端の山伏に至るまでの組織の形成過程、あるいは個々の山伏の出自などについて、具体的な史料を駆使しながら論じています。
私の個人的経験では、著者の研究は院生時代の基礎的な分析を中心によく話を聞いたことを憶えていますが、とりわけ戦国期の関東における本山派の活動の実態について、非常に熱心に取り組んでいた印象が残っています。近年では、中世全体にわたって東国における仏教の実像についての研究が活発に行われている感がしますけれども、それでも戦国期の研究はいまなおやや低調な印象があります。その点において、本書の研究は非常に貴重な成果と感じています。

ただ、私も実際はほとんど門外漢でして、読んで学ぶことばかりではあるのですが、知らないことでもあるのでなかなか知識が追いつかないというのも率直な感想です。それはひとえに私の勉強不足に起因することではあるのですが。

ご存じの通り、著者は今年の歴研大会で報告することになっています。本番を楽しみにしております。

4751747703修験道本山派成立史の研究 (歴史科学叢書)
近藤 祐介
校倉書房 2017-12-01

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2018.02.26

【受贈】『最上義光』

竹井英文編著『最上義光』(シリーズ織豊大名の研究6、戎光祥出版、2017年)受贈。ありがとうございます。

最上氏の研究というと16世紀前半までは史料がほとんど残っておらず絶望的な状況ですが、そうした中でも長い研究の蓄積があり、また16世紀後半から17世紀初頭にかけての研究は厚いものがあります。
もっとも私自身は不勉強で詳細を理解できないでいたのですが、本書に収録された(従来入手困難であった)諸論文によって、研究動向がつかみやすくなりました。

軍事・政治・経済・文化など、様々なジャンルから最上義光を中心とする最上氏の研究が集積されていて、分野を問わず参照される一冊になるのでしょう。編者は元々最上氏を専門としていたわけではないと思いますが(笑)、要領よく研究史がまとめられており、これもまた有用です。

山形の戦国史研究といえば、戦前に史料を博捜した伊佐早謙氏を忘れるわけにはいきません。総論でそのことはもちろん触れられていますが、その後100年ほどが経ってもなお色褪せぬ業績を本書を通じて確認することができました。改めて大いなる学恩に感謝したいと思います。

4864032572最上義光 (織豊大名の研究6)
竹井 英文編著
戎光祥出版 2017-10-06

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2018.02.13

【受贈】『上杉謙信』

石渡洋平『上杉謙信』(シリーズ実像に迫る14、戎光祥出版、2017年)受贈。ありがとうございます。

上杉謙信の生涯を平易に解説した伝記になっていますが、このシリーズは関連する写真や図版がふんだんに用いられており、ビジュアル面で非常に卓越した内容になっています。
内容も、誰にでもわかるようわかりやすく叙述されていて、歴史に興味を持って間もない人や、中高生くらいの若い人たちに手にとって貰えるように工夫したものといえるでしょうか。

とはいえ簡略化しているわけではなく、近年の成果も積極的に採り入れられていて、謙信の一生を通覧する上で便利な一冊となっているように思います。

私は上杉(長尾)氏の史料は不勉強であまりみていないのですが、「馬鹿者」と書状で罵ることが度々あったことなど、非常に短気だった様子が窺えて面白かったです。そのせいか、ややせっかちだったのでしょうか、しばしば家臣の離反を招いていますが、彼の性格も結構影響したのかなあと思わせられました。

本書を通じて、戦国時代あるいは上杉氏に対する関心がより高まるとともに、実際に勉強を深めようと思う人が増えることを期待します。

4864032718上杉謙信 (シリーズ・実像に迫る14)
石渡 洋平
戎光祥出版 2017-12-08

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2018.01.28

【受贈】『兵農分離はあったのか』

平井上総『兵農分離はあったのか』(平凡社、2017年)受贈。ありがとうございます。

内容はタイトルそのものずばりですが、戦後歴史学の最大のテーマの一つである「兵農分離」の実像について、先行研究や史料を駆使しながら再検証を行っています。

結論は読んでのお楽しみというか、ある程度想像はできるとは思いますが、とはいえ単に「兵農分離はなかった」ということにはなっていません。読後の感想としては、私は分析と結論にほぼ同感といったところ。

兵農分離は、戦後歴史学において(近世史の側から)強調された中世と近世の断絶の象徴として強調されたキーワードだったわけですが、それは当時におけるグランドセオリー(唯物史観)との関わりにおいていわば観念的にクローズアップされたもので、必ずしも実像を慎重に判断したものではありませんでした。もちろんその批判は主に中世史の側からすぐさま呈示され、長らく論争になってきた経緯があることはよく知られています、というか、日本史学を勉強すると必ず知る話でしょう。

本書はそれらの批判について丁寧に整理した上で、観念的な兵農分離論を批判する論旨となっており、史料の引用も多いですが現代語訳もあって読みやすくなっています。この後しばらく、本書が議論の到達点として参照されるべきものと思います。

なお、日本経済史については、時々愚痴を言っているように(笑)、いまなお事実上の歴史のスタートが「太閤検地」になっています。これまた兵農分離と同様の問題を抱えているわけですが、私にはまだ力無く、なかなか変化が起きませんけれども、本書に勇気づけられて地道に頑張っていきたいと思いました。

4582477348兵農分離はあったのか (中世から近世へ)
平井 上総
平凡社 2017-09-27

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