2009.11.01

アジール「復権」への挑戦

夏目琢史『アジールの日本史』(同成社、2009年)受贈。ありがとうございます。
著者は後輩。ベースは卒論だそうで、驚目至極です。

様々なアジールに関する研究を要領よくまとめています。私もそうでしたが、若いうちはいわゆる“堅い”話をしてみたいという思いがあったのでしょうか、実証に傾注するというよりは、思想史的なアプローチに貫かれている印象を受けます。つまりは、アジールの実態を歴史的に検証するというよりも、これまでどのようにしてアジールが捉えられてきたか、といった視点が本書のテーマのように感じました。

そういう意味では、著者にとっては、これからの研究の指針を示すいわば見取り図のような位置づけになるのでしょうか。卒論という性格からすれば、それはそれで見識ではあるでしょう。
ただ、一般的に著書というのは、これまでに積み重ねた研究をベースにして提言をするという性格のものという理解が私にはなお存在するので(古くさい、といえばそうかもしれません)、この時点で著書を出版すべきだったのかということについては、他人事ながら少々懸念がないでもないです。見取り図が「足枷」にならないことを祈ります。

さて、ほかの地域・時代のことについては詳しくないので、日本中世について言及している箇所について一言。
戦国期の事例を中心として、寺社のアジールについて説明していますが、私は少々違和感があります。本書も示している通り、研究史においては、アジールを示す具体的な事例として寺社への守護等による検断不入を認めていたことが挙げられます。この寺社の検断不入については、中世ではわりとよく見られる事例ですが、これをアジールという概念で説明することが適当なのか、私はかねてより疑問がないでもありません。基本的には、これらは寺社による検断の優越性を確認するものであり、駆け込んだ人々が検断を免れて網野善彦さん流の「自由」になるわけではないと考えるべきではないか、と思っているわけでして…。

少なくとも中世における寺社の持つ機能については、アジールや「無縁」というやや手垢の付いた理念で説明するよりも、寺社が独自の検断権を保持し、それが外部権力にも認められるという、いわば権力の主体でもあるという側面から分析する必要があるのではないか、という気がしています。(もっとも、私がアジールという理念を誤解している可能性もあるのですが。)

ともあれ、網野・阿部謹也両氏(そして、いわゆる社会史)が論壇から去ったためにやや低調になった議論ですが、果敢に挑戦しようとする姿勢は見習いたいところです。今後の展開を待ちたいと思います。

4886214916アジールの日本史
夏目 琢史
同成社 2009-08

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本書の内容とは直接関わりませんが、やっぱり写真はもうちょっとどうにかした方がいいと思います(笑)。いくらなんでもピンぼけはまずいような…。失敗した写真はあえて掲載しない、という「勇気」があってもよかったのではないでしょうか。

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2009.09.24

アカデミックの処世術?

水月昭道『アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す』(新書ラクレ329、中央公論新社、2009年)読了。例の本の続編という位置づけのようですね。

まず感心したのは、非常に読みやすいことです(嫌味ではありません)。250ページほどありますが、1時間半で読めました。本書の中で院生の文章力を批判していますが(かくいう私も…ですが)、それだけに、読みやすさへの配慮はかなり感じられます。

現状の大学院生とポスドク、オーバードクターの置かれた現状を生々しく報告して学術行政を批判し、その上で、就職難に喘ぐこれらの人々に処世術を授けよう、というものです。
冒頭は大学院や大学の組織の現状について批判的に解説しています。この部分は、なるほどと思う所が多かったです。前著の実績を受けて、舌鋒がより洗練されているように思えました。もっとも、自説を補強する事例がやや突飛で、かえって説得力に疑問を感じる部分もありましたが…(むしろこれは、本書全体にわたって感じたことでした)。

ま、それは小さいことで。むしろ問題なのは、では実際にポストを得るためにどんな処世術が求められるか、というメインの部分。研究者とて人間であり社会人ですから、それに見合った言動が大切、という話はよくわかります。…でも、それを言いたいがために、何十ページも割く必要があるのでしょうか…? これくらい書かないと社会性の乏しい院生はわからない、ということなのでしょうか。うーむ。

具体的な場面でも、首を傾げることが多い。例えば「アカデミアでは偉大なるイエスマンになろう」(p.73)ってどうよ…という気もするんですが。悪口ばかり言ってないで周りを幸せにするような言動にしろ、とか言われてもねえ。それでアカデミック・ポストが近づくと仰せですが、ほんとですか? そりゃあ、性格に問題のある人が研究者の世界でも鼻つまみになるのは当然ですが、ほかに必要なことはありませんか?

「論文は書きすぎたらイカン」(p.116)というのはびっくりしました(笑)。いや、書いてあることもわかるんですが、「目立ち過ぎないことこそが一番大切になる」(p.121)ってのは、いくらなんでも卑屈過ぎませんかねえ。もっとも「せいぜい年に三本くらいに留めたほうが身のためだ」(p.122)とも仰せなので、それ以上書いている方に対して言っているのでしょう。それに達していないので安心しました(笑)。いや、達していないとお先真っ暗、ということでしょうか…。

なお、「単著などを出すのも出来れば避けたほうがいい」(p.122)というのは、少なくとも私の居るギョーカイでは通用しないと言って良いと思います。研究分野によって「常識」はだいぶ違うので、著者の言うことが当たっている分野もあるとは思うのですが、その旨は本書のどこかで明記しておくべきではなかったでしょうか。誤解を招きます。

後半は、ギョーカイ内での人脈造りを強く求める主旨となっています。特に、学会の懇親会には必ず出ろ、と。この点、私は同感です。
そして、懇親会では「大物」に対して「論文ください」と言えと主張しておられます。そうなれば覚えめでたくなるかもしれないそうで。へえ、こういうのが風習になっているギョーカイがあるんですか。私には、それって厚かましいんじゃないの?という気もするんですが…、そういうわけでもないんですかねえ。この辺は、個々のギョーカイの「お約束」によると思うので、その点について注意を促すべきでしょう。真に受けて将来を棒に振る若い人が出ないことを祈るばかりです。
まあとにかく人脈を作るよう努力しなさい、という主旨なわけですが、それだけなら50ページ(第三章)も必要な話とは思えません。一行で済みます。ただ、第四章に関しては、これからドクターに進むような人に対しては有益な話も多いと思います。私くらいの年代になると、もう手遅れですが。

最後の方では、学振の特別研究員を「夢のような地位」(p.199)と評しています。しかし、その理由となったデータ(学振終了後の就職率の高さ)は、あまり当てにならないと思います。きっと私も「職持ち」にカウントされているはずだからです(笑)。
まあポスドク等全体での割合と比較すれば就職できる確率の高いことは言えるかもしれませんが、そりゃあ、学振はクジで採否を決めるものではないですからねえ…。ちなみに学振の採否において、著者が重視する人格は審査の対象にはならないと思います(笑)。(推薦者が必要なので、それすら取り付けられないほど申請者の人格に問題があれば別ですが。)


ネタにすると批判ばっかりになってしまうわけですが(著者なりに言うと、だから就職できないのでしょうけど(笑))、類書が少ないテーマなので、大きな社会的意義を持った本だと思います。前著以上に、議論を呼ぶ一冊になることを期待します。ただし、やはり事例がやや極端になる傾向は前著と同じで、その点でギョーカイに対して世間の誤解を招く懼れが少々あるのは、やや気がかりなところです。

4121503295アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ)
水月 昭道
中央公論新社 2009-09

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2009.08.15

宋銭の世界

伊原弘編『宋銭の世界』(勉誠出版、2009年)を、執筆者のHさんより受贈。ありがとうございます(出版社による情報はこちら)。

かつてムックの「アジア遊学」で組まれた特集をベースにしたものですが、その後の研究成果を概説する新稿も収録されています。分類としては専門書ということになるのかもしれませんが、叙述は概説的なので、少し固めの教養書といったところかもしれません。
特徴としては、古銭学(この世界では「古泉」と呼びますが)からの論考もあるところでしょうか。近年ではいろんな研究テーマ単位で隣接学問との“協業”が叫ばれており、貨幣流通史では考古学との連携が進みつつあるわけですが、未だ古銭学との対話はなかなか進んでいません。この辺は、古銭学はアカデミックとは少し距離を置いているところも影響しているかもしれませんが、文献史学の側からもっとアプローチしてゆく必要はあるかもしれませんね。そういう現状を鑑みれば、かかる論考が入っているのは貴重です。

本書のテーマはまさに私の専門とする分野でもあるわけですが、実は私は中国史にはかなり疎いので(高校で世界史を学んでいないツケが…)、宋代の歴史を学ぶ上でも参考になります。また、海外の研究者の論文も収録されていますが、海外における研究の潮流と、日本のそれとの“ギャップ”を示す意図も込められているようです(「編集後記」による)。

ともあれ、これからじっくり拝読させていただきます。


以下余談ですが、先日歴史とはまったく無縁の旧友と会った際、「戦国時代にお金なんかあったん? 略奪ばっかりしてると思ってた。」(ほぼ原文)と言われてちょっとショックを受けました(笑)。
でもまあ、一般的にはおそらくこれが「常識」なのかなという気もします。そう考えると、どうやって自分の細々とやってきた仕事を世間に“普及”させてゆくべきなのか、もう少し戦略的に考えないといけないなあ…。などと、発言を受けてつらつら思いを巡らしたりしてました。
もっともそのためには、実行に移せるだけの実力と環境が必要なのですが。精進いたします。

(※2009.8.19追記)
執筆者のTさんからも拝領いたしました。ありがとうございました。

458503210X宋銭の世界
伊原 弘編
勉誠出版 2009-08-20

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2009.08.03

戦国期歴史像へのスタンスを考える

池享『日本中世の歴史6・戦国大名と一揆』(吉川弘文館、2009年)受贈。ありがとうございます。
最近忙殺されていてまだほとんど読んでいないのですが…。

最近、戦国期を対象とした概説書がいくつか出されている中で、どのように差別化を図ったかといったところがポイントでしょうか。
本書では、タイトルにある「一揆」に注目しています。中世後期に広がる一揆は、その基礎として「家」の形成があること、さらには一揆による結合では「家」の存立が危うくなった時、一人の指導者を頂点として社会統合の強化および秩序維持を図ろうという動向があった、という視点が軸となっています(p.3)。

このような捉え方そのものは、斬新なものというわけではなく、むしろかなり“伝統的”な時代像という風にも考えられます。ただし“伝統的”である「戦後歴史学」的理解一辺倒というわけではなく、領主=搾取の主体、民衆=闘争の主体という単純な図式とは一線を画した上で、両者の関係を措定してゆく、といった姿勢を感じられました。

一方、最後には「中近世移行期村落論」の立場は取らないことが明記されており、確かにこの視点からの研究はほとんど参照されていません。この辺は、議論になるかもしれませんね(ならないかもしれませんが)。

さて、個人的な関心に基づくならば、貨幣に関する記述がほかの概説書に比べて多いように見受けまして、勝手に喜んでいます(笑)。
ま、それはともかく、このシリーズは高校生をターゲットとしているらしいと伺ったのですが、高校生には少し難解かも? ただ、歴史に興味のある高校生なら十分読みこなせるかな、という気もしますね。

あとは蛇足的なことかもしれませんが、シリーズ第1巻で東アジア世界を中心に据えた歴史像とは距離を置いたように読み取れた一方で(こちら参照)、本書では東アジア国際関係の動向を考える重要性が最後に指摘されています(p.231)。もっとも第1巻でも対外関係が重要ではないとは書かれていませんが、この辺のスタンスの違いは、対象とする時代によるものなのかどうか、少々考えさせられました。

4642064060戦国大名と一揆 (日本中世の歴史)
池 享
吉川弘文館 2009-07

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2009.07.09

中世社会像の現在

木村茂光『日本中世の歴史1・中世社会の成り立ち』(吉川弘文館、2009年)読了。読み終えてからしばらく経っていますが、中世史に特化したシリーズの刊行ということで、やはり触れておくべきかなと。

このシリーズが刊行されると聞いて、まず浮かんだのはやはり、中央公論新社が出した「日本の中世」のシリーズ。とりわけ総論的な位置づけにある、石井進『日本の中世1・中世のかたち』(中央公論新社、2002年)をどのようにして乗り越えるのか、といったところへの期待です。

やはりその辺を意識されている様子が、「あとがき」で触れられているところから窺えました。また、石井さんの描いた中世像に違和感をお持ちであったことも書かれています。

どの点に違和感があったのか。はっきりとは書かれていないのでわかりづらいのですが、どうやら、中世の時代像の理解について、外在的な要因(対外関係=東アジア世界のダイナミズム)に大きく拠っているような叙述になっている点に批判の矛先がありそうです。それゆえか、対外関係に絡んだ叙述は、最後に控えめに登場する程度です。

一方、本書では、日本社会の持つ内在的な要因を重視する叙述を目指した、ということになりますでしょうか。この辺りは、村落の住民の動向に視点を置いた著者の叙述が面目躍如といったように思いました。とりわけ、中世前期における民衆運動については、私自身あまり詳しくないこともあって、とても読み応えがあります。

近年は特に中世史の研究状況は細密化していて、すべてを追うのが相当困難になっています。もちろん完璧とは言えないかもしれませんが、それらの最新の研究成果を積極的に取り込もうとする意欲も感じられて、中世史の「現在」を辿るためにも有益だと思います。

…まああんまり褒めすぎるとかえって胡散臭いので(笑)、この辺で。
細かいことを言うならば、所々あった基礎的なルビの誤りは気になりました。あと、城下町の叙述のところで、「安芸毛利氏の山口」(p.153)というのはいくらなんでも違和感があります(勘違いされたのでしょうか?)。
好評のようで増刷されるそうですが、この辺について修正されることを希望いたします。

464206401X中世社会の成り立ち (日本中世の歴史)
木村 茂光
吉川弘文館 2009-05-15

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2009.05.29

都市史ブームの胎動

もう少し歴研大会ネタを引っ張ります(笑)。

今年の大会ではなんとか最低限欲しいものを押さえたのですが(今谷さんの本買うの忘れてたけど…)、そのうち、都市に関する研究書がわりと多くを占めました。
もちろん購入本の選択は私の主観が入っているのですが、そうとはいえ、最近は都市に関する書籍がわりと立て続けに出ている感がします。

(1)仁木宏・松尾信裕編『信長の城下町』(高志書院、2008年)
(2)山村亜希『中世都市の空間構造』(吉川弘文館、2009年)
(3)安野眞幸『楽市論―初期信長の流通政策』(法政大学出版局、2009年)
(4)山田邦和『京都都市史の研究』(吉川弘文館、2009年)

これだけ並ぶと壮観。
(1)は、織豊政権に関係する濃尾や近江、そして大坂といった城下町についての、考古学・地理学的成果も含めた分析。研究の現況がわかりやすく理解できて、なかなか秀逸だと思います。
(2)は、中世歴史地理学の若手のホープの著書。個人的には結構待ち望んでいました(笑)。
(3)は、いわゆる通説的イメージの「楽市楽座」理解に対して批判的に検討されています。実のところ、私も個人的には通説には違和感を少なからず持っていたので、議論のきっかけになるのを期待したい一冊。
(4)は、1万円を切るのが信じられない本(失礼な紹介の仕方ですが…)。売り子をしていた版元の方からも、かなり自信ありげに紹介されました。ご専門は考古学、というか、「京都学」と言うべきでしょうか。前近代京都を知るためには、必携と言ってもいいと思います。こちらのブログでもお馴染みですね。

先に紹介した『中世の都市』も含めて考えると、いよいよ「都市史ブーム」の到来でしょうか。刮目して待ちたいと思います。


最後に私事ですが、大会が終わってもまだドタバタしております。史跡ネタは6月に入ってから再開いたします。

4862150454信長の城下町
仁木 宏 松尾 信裕 編
高志書院 2009-01

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464202882X中世都市の空間構造
山村 亜希
吉川弘文館 2009-02

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4588250558楽市論―初期信長の流通政策 (叢書・歴史学研究)
安野 眞幸
法政大学出版局 2009-04

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4642093184京都都市史の研究
山田 邦和
吉川弘文館 2009-05

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2009.05.27

都市の「比較史」の可能性

高橋慎一朗・千葉敏之編『中世の都市―史料の魅力、日本とヨーロッパ』(東京大学出版会、2009年)を、執筆者のAさんより受贈。ありがとうございます(書誌情報はこちら)。

「序」を拝読すると、奇しくも今回の歴研大会で意図したことと問題関心をほぼ共有していることがわかり、とても心強く思いました(順序でいえば、この本の企画の方が先だったと思います)。「都市から中世社会を考える」という、実はどちらかというと関心がやや低下していたテーマについて、日本だけではなく、ヨーロッパの都市も取り上げながら論じられています。また、考古学・地理学・建築史学等の成果にも配慮がなされています。

都市の日欧比較というテーマについていえば、ご存じの通りどちらかというと伝統的な議論で、過去の牧歌的な時代の議論という印象もあるかもしれません。昔のように、封建制概念的な理解を前提とした単純比較が通用しないのは、確かのように思います。そのような現在にあって、本書がこのテーマでどのような議論を紡ぎ出しているのか、じっくり読んで勉強いたします。


実は今年の大会を企画する段階で、西欧の都市との比較といった議論を組み込めないか(例えばコメントとかで)、などと考えたこともありました。それは、かつて大会の中世史部会では、西洋史の報告を共同でやっていた歴史があるのを思い起こしたことによります(「民族大移動」が激しくなって、今は日本史だけになってしまいましたが)。もっともそれを闇雲に復活させようとは思いませんが、かつての歴研らしさに倣って頑張ってみてもよかったかなあ、という気もしています。

でも、やはりそれは大会という場ではなくて、別の場を設けたり、あるいは本書のように活字で提言するといった方法が今はふさわしいのかもしれませんね。

4130230573中世の都市―史料の魅力、日本とヨーロッパ
高橋 慎一朗 千葉 敏之
東京大学出版会 2009-05

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2009.05.18

徹底討論という試みに触れて

なんだか神戸ではインフルエンザの件でとんだ騒ぎになっているようで。
月末に帰る予定だけど、その頃にはどうなっているやら。

先日、秋山哲雄・細川重男『討論 鎌倉末期政治史』(日本史史料研究会、2009年)受贈。ありがとうございます。
(書誌情報はこちら
頒価1500円だそうで、相変わらずすごいなあ…。

値段はかなり控えめですが、中身はかなり濃い。鎌倉期の政治史について、両者の主張される理論的背景に踏み込んで徹底討論しておられます。普段の研究会や大きな学会でもなかなかこういう場面になることは少ないなか、このような討論に臨まれるにあたって、相当な勇気と覚悟がお有りであったろうと思います。

理論構築というのは、言うは易く行うは難し。どうやって自分の普段の作業を「理論」という形で世に提示できるか。私は一生掛かってもできるかどうかはわかりませんが、臆せず難題に対して正面突破されようとする意気込みが伝わってきて、学ぶところ大でした。


歴研大会まであとわずかとなりました。現在最終準備中です。
今のところ、インフルエンザ問題の影響を受けることはないと思います。ご安心下さい。でも、ご心配な方は予防対策を。

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2009.05.05

まったく変わってない歴史番組

山本博文監修『こんなに変わった歴史教科書』(東京書籍、2008年)を、執筆者のIさんより受贈。ありがとうございます。

たぶん高校生向けかなといった内容ですが、教養の授業のネタ元としても重宝しそうです(特に専門としない時代は)。
某サイトでは随分辛辣なコメントが付いてますが、コンセプトを考えれば少々酷な批判のような気も…。
ただし個人的には、室町期が無いのはちと残念というか(笑)。

4487802989こんなに変わった歴史教科書
山本 博文監修
東京書籍 2008-12-06

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全時代を通した特徴的なエピソードが短編として書かれていますが、そのうちの一つで、長谷川等伯が描いたいわゆる「武田信玄像」(高野山所蔵)の件に目が留まりました。

この画像を巡っては、先日NHK「歴史秘話ヒストリア」で取り上げられていました。見ていた時は気がつかなかったのですが、後に酒席で内容を話したら、「それ畠山を描いたというやつですよね」と言われて、ああそうだ、と。
上記の書籍では、この画像が能登畠山氏を描いたものであるとする研究についてや、武田勝頼が高野山に奉納した信玄像は別にあることが指摘されていることなども触れられています。

くだんの番組では、能登出身である等伯と畠山氏との関係については触れられていましたが、この画像が畠山氏を描いたものである可能性が指摘されていることについては、一切触れられていませんでした(出演された研究者の方は、信玄説を採っておられるようです)。後で気づいておいてなんですが(笑)、これは実に不誠実な制作姿勢ではないですかねえ?

むろんあくまでも信玄を描いたとする立場を取ることは構わないのですが、それに対する批判があることについては、黙殺するのではなくて、少しでも触れておくべきのように思います。ましてやNHKの全国放送なわけですし、学術雑誌に載った一本の論文とは比べものにならないくらい影響力は大きいのです(笑)。
番組HPの参考文献を見たら、畠山説を主張した方の文献がありませんね…。まさか知らなかったってことはないと思うんですが。

ま、こういうことはよくあることではありますが、一々苦言を呈しておいた方がいいかな、と。
じゃないといつまでも変わらないですから(書いても変わらないだろうけど(笑))。

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2009.04.21

戦国期の名著が復刊

今谷明『室町幕府解体過程の研究』(岩波書店、1985年)の復刊が決まったようです。
最近の業界の動向との絡みでいえば、時宜に適ったと見るべきなのか、遅きに失したと見るべきなのか。
ともあれ古書相場が長年高止まりしていた本なので(ご本人もどこかで言及されてたような(笑))、ありがたいことです。

『日本鉱山史の研究』も復刊候補にあったのに、落選したようで。正直なところ、比較するなら私はこっちの方が欲しかったんだけどなあ…。

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