鎌倉大仏の材料は銅銭
6月21日付の朝日新聞東京版朝刊に、表記のようなコラムが掲載されていました(記事はこちら)。
その元ネタとなったのは、記事にある通り、小田富士雄ほか編『経筒が語る中世の世界』(思文閣出版、2008年)。私はまだ未読なのですが、中でも対象となっているのは、巻頭の飯沼賢司さんのご論文かと思います。
簡単にまとめると、12~13世紀の日本は原料銅不足のため、中国から銅銭(銭貨)を輸入してその用途に充てた、という内容になっているようです。で、その余分が貨幣として流通した、と。
科学分析については私はよくわからないので、その結果は事実として認めたく思います。確かに銭貨普及期である当該期においては、貨幣としてというだけではなく、そもそも資源であり原材料として珍重されていた可能性はかなり高いと思います。
ただし、最後っ屁のようですけれども(笑)、一言だけ言いたいことが。
「余った分がしだいに通貨として使われるようになった」という一節について、材料用途が先行するという道筋にのみ限定することについては少し疑問です。材料としての用途がこれまでほとんど注目されなかったことに対する批判は重要なのですが、それを強調する結果、本来の貨幣としての意味を軽視する必要はないようにも思うんですが。
詳しいことは読んでみないとわかりませんが、例えば鎌倉大仏を造るためにどれだけの量の銭貨が充当されたかを知りたいところです。要するに、実際に当該期に入ってきた銭貨の量に対して、銅製品への用途がどれほどの割合で充てられたかについて考察をした上で、銭貨の普及過程について再検討するという手順がやはり順当ではないかな、と思いました。おそらく記事にはないだけで、本を読めば書いてあるかもしれませんので、未読時点での勝手な感想ということですが。
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さて、国史学会では、歴研大会で買いそびれていた、シンポの報告者でもある













